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私が以前の会社に新卒で入社した理由の一つに「会社がでかいから」があったことは否めない。会社がでかいことはそれだけで価値がある場合が多い。
例えばネームバリューがあったり、つぶれにくかったり。でも、しばらく働くと、「この業界(総合電機)における現在のポジションを維持できる期間は、もう長くないな」と感じた。中国や韓国が台頭してきていたし、自社の製品に優位性を感じられるものは多くなかった。 また、「でかい会社」のダークサイドも見えてきた。その一つは「会社に居座る人がたくさんいる」ということだった。そういう人は結構偉いポジションだったりする。何も決めることができない人たちだから、何かを決めるときは、みんなでなんとなく決める、という感じだった。 そのことに危機感を感じる若い人は会社を辞めていった。でも、依然多くの若い人は、なんとなく大きな会社は保険みたいなものだと思って、あるいは我こそはこの会社を変えようと思って、あるいは何も考えないで会社に残っている。 「会社はつぶれないだろうし、首にもならない。加えて、福利厚生などもしっかりしているので、とりあえずいておこう。」という人が多かった気がする。要するに「働きやすい」のである。 少し前日経新聞で2011年「働きやすい会社」ランキングがあった。順位を見ると、 1位 ソニー(前回1位) 2位 日立製作所(前回4位) 3位 東芝(前回2位) 4位 パナソニック(前回3位) 5位 ダイキン工業(前回7位) 皆でかい会社であるが、ダイキンを除いて、皆業績が低迷している。株価は下がりっぱなし。要するにパフォームしていない。 「働きやすい」ってなんだ。経営視点から見れば、最終的に、パフォーマンスが出るから「働きやすい」ことに意味があるのだろう。「働きやすい」のに業績が低迷していたら、従業員がその働きやすさを逆手にとって、会社の経営にとって不利益な考えを持っているなど、大きな問題があると仮説せざるを得ない(例:福利厚生がしっかりしているから、閑職でもいいからこの会社にしがみついておこう、等)。 経営が低迷しているのに、人事部などが、「わが社は働きやすさランキングでXX位です」など自慢していたら、もうそれは愚の骨頂としか言いようがない。業績が悪いのに働きやすいランキングに乗った会社の経営者は、「働きやすい」のか「ぬるま湯」なのかを真剣に考えるときなのだ。 丹羽 宇一郎の『汗出せ、知恵出せ、もっと働け!』という叫びを経営者があげるときなんじゃないだろうか。 パフォーマンスと働きやすさは連動しないと、ほんと会社がつぶれます。 仕事が一段落して、東京へ戻ってきている。
プロジェクトとプロジェクトの合間ということもあって、終電までには家に帰れる普通の(?)サラリーマンのような生活をしている。 で、比較的心に余裕があるので、最近は「戦略ってなんだろう」ということをよく考えている。 自分が事業をしていない場合、戦略について考えると、大体第三者視点(投資家とか、M&Aのバイサイド)で筋がいい、筋が悪いって考え方するようになってしまうのだが。突き詰めて考えられると、戦略がしっかりしているって結局下記の2点がYESかNOかということなんじゃないかなあ、と思える。 ・利益を出し続けているか?もしくは利益を出し続ける素地があるか?(利益は出していないけど素地があるというのは、例えば、本業ではユニークな製品を作っているが、本業以外の投資で失敗し赤字になっているなど) ・利益(または素地)の源泉は、他社がまねできないものか(例えば、製品のある部分は自社でしか作れないなど)? 今何かの会社を再生しろって言われた時、他社がまねできない利益を出せる素地がどうしても見つからない場合は、どんなにオペレーションや資金運用方法を改善しても無駄なのだと思う。 例えば、中国において、ほとんどの日系企業コンシューマーエレクトロニクス企業は上記二つがNOなので(私が以前勤めていた会社での経験による)、において中国で勝つことは本当に難しいと思う。製品の性能に差が出ないため、価格で勝負しなくてはならないし、基本的にどの企業でも似たような製品が作れてしまう。 そういう中で、ひたすら「売りをXX%上げろ」といわれても、結局利益が無くなってしまう。 こういうとき、経営者は、もはや戦略という以前に「本当にこの事業は必要なのか?必要だとしたら何のために必要なのか?」ということを考え直す必要があると思う。私は日系企業コンシューマーエレクトロニクス企業が中国で家電を売る必然性を、利益を出すという点でも、地域への貢献という点からも全く感じない。 いまこそ根本的な問いへ戻るべきではないだろうか。ひたすら先送りしても、立ち行かなくなるのは時間の問題なのだから・・。 前回のブログで話題に上がった金魚だが、最初の塩漬け、薬漬けに耐えたおかげで健康に育ち、どんどん巨大化している。ちなみに餌やりは2歳の息子の日課となっている。
前回プロジェクトが終了し、一休みしたのち、また新たにプロジェクトにアサインされて、現在このブログをアメリカ行きの飛行機の中で書いている・・。 コンサルの仕事はつらいことも多いのだが、その分楽しいことも多くて(と、自分に言い聞かせているところもあるが、色々な次元での限界へのチャレンジ等がそれにあたる)、とくに仮説や分析の中から、クライアントが数十年その仕事をしていても気がつかなかった「こういうことだったのか!!」ということが分かった時は、かなり面白い。 今回もう少しがんばって、夏は、がっつり休んでやる!!子供がいると、ほんと休みのときでも子供につきっきりになってしまうのだが、子供ももう二歳だしできるだけ妻とまったり過ごす夏休みにしたいなあ。。。 現在、またプロジェクトが始まり、weekdayは大阪で暮らす生活。。。
週末だけ、東京で家族と遊んでおります。 先週末は、地元で「金魚祭り」というお祭りがあった。 わが息子モグヲはそこで金魚すくいをし、一瞬でポイ(金魚をすくうまるいやつ)を駄目にしてしまった。ただ、金魚すくい屋さんのおばちゃんから「3匹までならもって帰れるけど」といわれ、妻とモグヲの強い意向があり、3匹家に持って帰ることに。 金魚を渡してくれるとき、おばちゃんが「金魚って飼うの大変なのよ・・・」とぼそっといったのが非常に印象的であった。いい加減な気持ちで家に持って帰っても、死んでしまうのがオチだろう、と金魚を手放し地獄へ送る寂しさを表現した魂の叫びだったに違いない。 そういうわけで我が家に金魚が3匹来た。 私自身も金魚を飼ったことが無いので(もしくは飼った記憶が無い)、いったんネットで調べると、いろいろなことがわかってきた。とりあえず東急ハンズにいって水槽を買った。 金魚すくいの金魚は疲れている上に病気を持っていることが多いので、いったんたらいに入れて、塩漬け、薬漬けにして休息・浄化することにする。大体一週間ぐらいお浄めを行った後、水槽へ移すことになる。その間、水槽にではバクテリアを飼育して水の立ち上げを行う。 現在3日目だが、果たして金魚は死亡せず水槽まで行き着くことが出来るのだろうか。大阪で働いているので、直接金魚の世話が出来ないため、毎日電話して妻に金魚の様子を伺っている。 金魚を殺すまいと飼い方を必死に調べているとき、妻は「まあ金魚なんて死ぬものじゃないかしら」と結構冷たい様子であった。それにたいして私は「生き物はちゃんと責任もって最後まで育てたほうがいい!」と訴えていた。 果たして同時期、たらいに入った金魚の隣では、生きたアサリの塩抜きが行われており、その晩においしくいただいた。 金魚3匹「責任を持って最後まで育てたほうがいい!」と訴えながら、アサリを生きたまま蒸し焼きにして貪り食う矛盾。「まあ金魚なんて死ぬものじゃないかしら」と妻の言っていることのほうが、だいぶ現実的で正しいスタンスである気がする今日この頃でした。
地震で皆様ご無事でしょうか。
こちらは家族ともども無事です。被災地のことを思うと心が痛い。 平日大阪で仕事ということもあって、先週の金曜日までフルで仕事をしていたが、プロジェクトがひと段落したので一週間の休みをとることにした。 相変わらず今回もかなり激しいペースで仕事させてもらい、本も何も読めなかったので、少なくとも数冊の本をこの休みに読んでしまいたいのと、ムカデ型ラジコンを買ったので、こちらを完成させようと思う。 正直この二年間って、MBAはいったいなんだったんだ・・というくらい濃かった。とにかく新しいことをどんどん学んで自分もどんどん変わっていく感じはするのだけれども、本を読んだり、映画見たり、ラジコンを作るというような(別にラジコン作るのは趣味でもなんでもないのだが)、いわゆる余分な時間が無くて脳みそのバランスがうまく取れていない感じがする。 長い休みを取るからには仕事はほどほどに、仕事と直接関係無いところに時間を使っていきたいものである。 平日は関西、週末は東京という生活になってしまったー。
続きはまた。 現在引越しもかねて、マンションを買うことを考えていたのだが、
買うのが安いか借りるのが安いのかということを散々考えていると、考慮すべき要因が多すぎて神学論争のようになり、決着がつかなくなってくる。 ただ実はよく考えると、マンションを買うのも借りるのも、同じようなものである。大事なのは、「買うのか借りるのか」、ということよりも、「どういう条件で買うのか、借りるのか」ということになる。 仮にマンションの価値が今後にわたり一定であるとするならば、 賃貸の場合は、マンションを買って、ローンの利子だけ払い続けているということとそれほど変わらない(=引っ越すときには、部屋を貸主に返すので、元本を返していることになる)。逆に、マンションを買うことは、賃貸をしつつ、支払った賃料の一部を貯金として還元させてもらっていることと変わらない。この場合支払う金額が同じならば、買ったほうがいいということになる。どちらがお徳かは条件によるのだ。 というわけで、マンションを借りることは、買うことの別の姿でもあるし、マンションを買うことは借りることの別の姿でもあるということになる。そこで私はマンションを買うことが賃貸に対して有利な場合はどのような時か、という考え方をした。 いろいろ考えて、結局買うほうがお得な条件というは下記の1点に集約された。 【買うほうがお得な場合】 同一物件において、「賃貸費>=月々のローン支払」の条件下で、マンションの価値が下がるスピードが、ローン支払いにおいて元本を返すスピードより遅い ローンで返済している元本よりも遅いスピードで物件の価格が下がれば、そのマンションを売った際に支払ったローンの一部が帰ってくるということになる。賃貸では返ってこないのでその差分だけ買うほうがお得ということになる。 上記の要素を満たすためには、 A. マンションの価格が下がりにくい or / and B. ローンの金利が安い、 の2点が重要になる。 Aの価値が下がりにくい、というのはもっと具体的に言うと、「時間がたっても価値の変わらない部分が購入時の値段の大部分を占める」ということになるのではないかと思う。 たとえば、「新築」とか「リフォームしたて」とか「部屋がきれい」なんて要素は、時間がたてば確実に価値がなくなるわけで、あまりそこに対して大きな金額を払わないほうがよい。一方で、駅から徒歩XX分とか、学区はXXというような地理にまつわる条件はそう変わるわけではないので、そういうところが値段の大部分を占めるのはいいことだと思う。または、地理的に物件が希少であるなど。 そして、価値が下がらないということは販売希望価格においての流動性も高い(=売りたい値段で売れる)ということで、賃貸のように、住みたくなくなったら出て行きやすい。 Bは、ローンの金利だが、これは現在は低いが将来にわたりどうなるかは誰もわからない。ただ、短期金利は日銀のコントロールがきくので、ある程度人為的にコントロールが可能だということは理解しておく必要があると思う。 そうやって総合的に考えると、やはり今のところ、買ってしまうことに軍配があがると思っている。問題はほしい物件があるかどうか・・・。 今日はボーナスの支給日だった。
そして、うれしいことに、今日でMBAにまつわる借金をすべて返し終わった。 思えばなかなか長かった。 前の会社辞めたことで、MBAのお金を会社に返さなくてはならなくなり(当然だが)抱えた借金。。。 返し終わることができて本当にうれしい。 会社を辞めたことはぜんぜん後悔していないが(むしろ、自分の成長のため、世界を広げるために本当によかったと思っている)、実は借金にまつわり少しだけ後悔していたことがあった。 それは、会社の派遣のため、MBA期間に制限があり、合格していたHBSという別の学校をあきらめなくてはならなくなったこと。 「結局自分で学費払うことになるんだったら、最初からHBS行っとけばよかったかもしれない!」と(少しだけ)思ったものだ。 ただ、どんな状況でも「うまく出来ている神様」がいるもので、大量の借金をすることでこれまで考えもつかなかったことが見えてきた(これに関してはまた今度書きます)。 ほんま世の中うまく出来ている。結局のところ、心から後悔するような選択は一度もしたことがない。不思議なものです。
NHKの番組で大学の講義を紹介するものがあったが、授業を受け持っていた准教授が下記の様なことを言っていた。
「このままでは地球はジ・エンドの可能性があります。1秒間に伐採される森林の広さは東京ドームXX個分。飢餓により亡くなる子供の数は1秒間にXX人(以下続く)・・・・」 テレビに映し出されていた、学生の顔が暗くなっていくのがわかる。 しかし、そのシーンをみたとき、思わず突っ込んでしまった。 「それは情報としてわかりやすいのか」と。 一秒間に伐採される森林の広さが仮に東京ドーム100個分、飢餓によって亡くなる子供の数が仮に1秒間に100人だとして、それは多いのか少ないのか、これだけの情報ではわからない(ここでは倫理的な判断は除く)。 仮に、そのペースが続くと、地球から森林が無くなるのは100万年後です、とう結果だった場合どうだろうか。それでも森林伐採は問題なのだろうか。仮に、自殺する子供の数は1秒間に100万人です、という別のデータがあった場合はどうだろうか。飢餓で亡くなる子供の数は、取り立てるほどの数字になるのだろうか(誤解がないように、ここでは倫理的な判断を除く)。 規模を示すときに、比較対象として適切でないものを示すと、聞き手がなんとなく「多い」「少ない」という印象を持つかもしれないが、それは伝える側の「多いと思ってほしい」「少ないと思ってほしい」という目的を達成するための便宜に過ぎない気がして、十分な情報を提供しているとは思えない。 同じようなことが日常にあふれている。 ・レモンXX個分のビタミンC! ・タオルについてる雑菌の数はなんとXXXX億個! ⇒疑問:そもそもそれって多いの? 親切な説明は ・大人が一日に必要とされる量のビタミンCが含まれている ・タオルについている雑菌は、腐敗臭を感じるのに十分な数 などだろう。 正しく比較してあげたほうが、やはり聞いている人に対しては親切なんじゃないでしょうか・・・・。 尖閣衝突映像が流出してしばらくたつが、流出させた疑いがもたれている海上保安官について自分なりに考えをまとめてみた。「よくぞ流出させた!」と激励が海上保安部に届けられているようだが、映像を見る限り明らかに漁船側がぶつかってきているので、私も「この映像が出てなんかすっきりした」と考えている。ただ一方で「流出させた海上保安官は罰せられるべきではない」もしくは「罪を軽くしろ」という意見については、賛同できない。 私は、法律に詳しくないので、この流出による法的な処分の解釈はできないので、組織運営という視点から持論を述べたい。 私はこの流出の最大の問題は、トップの決定を現場が独自の判断で覆した、ということだと思う。トップの決定を現場が独自の判断で覆す、というのは組織にとっては大きなダメージだ。具体的な問題として、トップ外交の効力がなくなる、ということがあげられる。トップが他のトップに対して行った約束事が、現場によって覆される、ということになれば、当然のことながらトップの信用はなくなり、外交での発言力は弱くなる。この場合は、誰も日本政府が対外に約束したことを信じなくなる、ということになり日本の立場が弱くなるという問題が起こるだろう。 トップの決定を現場が独自の判断で覆すことが可能な例外的なケースは、私の考え付く限りでは、トップの判断が違法であるケースだ。企業の場合は、会計操作を行ったり、商品の素材や産地を偽ったりしたような場合は現場の浄化能力が必要になる。ただ、この場合でもどのようなルートを用いて覆すかは慎重に検討する必要があるだろう。 ただ、私は法律に詳しくないけれど、この海上保安官を法に基づき処分した場合、当然のことながら、「じゃあ、何でぶつかってきた漁船は処分されないの?」という話になってくるだろう。 舵取りが難しい日本政府の今日この頃。その場で日和見して首尾一貫性がないっていうのはいろんなところにひずみが出ますなあ。
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