りんごにはりんご

NHKの番組で大学の講義を紹介するものがあったが、授業を受け持っていた准教授が下記の様なことを言っていた。

「このままでは地球はジ・エンドの可能性があります。1秒間に伐採される森林の広さは東京ドームXX個分。飢餓により亡くなる子供の数は1秒間にXX人(以下続く)・・・・」

テレビに映し出されていた、学生の顔が暗くなっていくのがわかる。

しかし、そのシーンをみたとき、思わず突っ込んでしまった。

「それは情報としてわかりやすいのか」と。

一秒間に伐採される森林の広さが仮に東京ドーム100個分、飢餓によって亡くなる子供の数が仮に1秒間に100人だとして、それは多いのか少ないのか、これだけの情報ではわからない(ここでは倫理的な判断は除く)。

仮に、そのペースが続くと、地球から森林が無くなるのは100万年後です、とう結果だった場合どうだろうか。それでも森林伐採は問題なのだろうか。仮に、自殺する子供の数は1秒間に100万人です、という別のデータがあった場合はどうだろうか。飢餓で亡くなる子供の数は、取り立てるほどの数字になるのだろうか(誤解がないように、ここでは倫理的な判断を除く)。

規模を示すときに、比較対象として適切でないものを示すと、聞き手がなんとなく「多い」「少ない」という印象を持つかもしれないが、それは伝える側の「多いと思ってほしい」「少ないと思ってほしい」という目的を達成するための便宜に過ぎない気がして、十分な情報を提供しているとは思えない。

同じようなことが日常にあふれている。

・レモンXX個分のビタミンC!
・タオルについてる雑菌の数はなんとXXXX億個!
⇒疑問:そもそもそれって多いの?

親切な説明は
・大人が一日に必要とされる量のビタミンCが含まれている
・タオルについている雑菌は、腐敗臭を感じるのに十分な数

などだろう。

正しく比較してあげたほうが、やはり聞いている人に対しては親切なんじゃないでしょうか・・・・。
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by dubian2.4 | 2010-12-03 10:59 | 日本
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