偏見との戦い

私の生活の中で、偏見との戦いというのは最近の大きなテーマの一つである。

この偏見とは、他者が私に対して抱いている偏見ではなくて、私自身がさまざまなことに対して抱いているものであり、これらをなくさないことには今後の成功はありえないと考えている次第だ。

したがって偏見との戦いは自分との戦いでもある。

たとえば入社当時、会社は「必読書」として創業者の書いた本や、その他様々な自社にまつわる本を提供してくれた。

「社会人として読んでおけ。」というのである。

私はこれを「会社が私を洗脳しようとしている」と勝手に解釈し、1-2ページ目を通しただけで全て古本屋に売り払った。

その本を今では全て新品で買い戻し、読んでいる。そして、これらが非常に自分の成長にためになる本だということに今更ながら気がついている。

もし、入社当時偏見を持たずに素直にその本を読んでいれば、もっと早い時期から多くの知識を身に付けられたのかもしれない。

偏見を持っていたせいで、損をしているという例は世の中で枚挙に暇がない。自分が的確な判断をしていると思っていても、思わぬ偏見が入っていて後から考えると的確じゃないことなどもあった。

おおよそ身の回りで起こる事象は、自分のコントロールが効かないことが多い。その事象がいかに自分にとって意味があるのかを考えるとき、偏見が入っていると、事象の意味を見誤りマイナスの影響を自分に与えてしまう可能性がある。

自分に対してフィルターを持つことも、これまた必要なのだとつくづく思う今日この頃である。
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by dubian2.4 | 2005-03-10 01:54 | 上海生活や仕事
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