その人の名前を教えてください

反日報道もまだまだ続いているので、中国と日本の関係について考察したい。

私は小さいころ中国にいた経験がある。

兄は小学3年生ぐらいのとき、「南京大虐殺の仇」ということで、で中国系のガキ大将にレンガで攻撃され、重傷を負ったことがある。雪の中の出来事であったが、手加減を知らないガキ大将の攻撃に、兄は殺されるのではないかと思ったほどだ。

一方私たち日本人は、「広島の仇」ということで、白人のグループを攻撃したり、「この間のカリを返す」と中国人グループにに石や爆竹で襲撃をかけたりした。まあ、小学生のころの話だ。

多くの国籍の子供が集まる場所で暮らしていたから、国籍が原因でもめたことは数知れず、とにかく日本人として、子供ながらそういう修羅場はくぐってきた。

子供たちの間ではミニ戦争が行われていた。一方でファミカセなどの取引は国籍を超えて円滑に行われていた。なんとも現金な話だ。

そのガキ大将とは結局何らかのきっかけで仲良くなった覚えがある。子供というのはそんなものだ。

どうしてこの話を持ち出したかというと、中日関係に関して、私はただの評論家ではなく、体で学んできた過去があるということをまず言いたかったからだ。

さまざまな国の人間が集まる地区で暮らして学んだこと、それは国と個人は切り離せないということだ。だから、例えば日本人として節度のある行為をするべきだ、というのは至極当然だと思う。一人ひとりが国を背負っている。

一方で、国と個人は次元が異なる、ということも学んだ。国や大衆は実態が曖昧であるのに、国や大衆に対する憎しみや怒りを実態が明確な個人に向けるのはおかしい、ということだ。

大体中国人に対して感情的になる日本人は、国や、今回の場合デモ隊などに対して感情的になり、結果的に「中国人は嫌いだ」というようになる。この辺はちょっとしたトリックだ。

今回のデモ隊に参加して「日本人は嫌いだ!」と感情的になっている中国人も、本当は日本人(個人)が嫌いなのではなくて、例えば日本の外交方法や経済政策が気にいらないはずなんだと思う。

だから、私は、「中国人が嫌いだ」とか「日本人が嫌いだ」という人に、まず言いたいことがある。

それは、「その嫌いな人の名前を教えてください」ということだ。

大体そういう人に限って、あまり中国人や日本人の知り合いとか友達がいないので、名前が出てこない。特定の名前が出ないということは、それは人単位で嫌いなのではなくて、例えば政策とか、デモ隊とか、曖昧な実態を嫌いだということだ。だから、「私が嫌いなのは個別の人間とは別の次元の話だ」ということを認識しないといけない。

この認識が無いと「日本人だからやっちまえ!」とか、「中国人だから話しかけたくない!」という状態になってしまい、収拾がつかない。

子供ならそれでいいかもしれないが、大人であるなら、国とは何か、個人とは何か、ということを感情だけではなく、理論で考えていかないといけないと思う。

本来は、協力関係、と言うのが双方にとって一番お得なのだ。国を背負った個人として、どう他国の人間と付き合うのか、じっくり考えていきましょう。
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by dubian2.4 | 2005-04-14 00:57 | 上海生活や仕事
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