リスクを考える

今回のJRの事故では100人以上の方が亡くなった。私も利用していた線である。

なくなった方々およびご家族の皆様に心よりお悔やみ申し上げます。

さて、今回はリスクについて考えてみたいと思う。

JRの事故では100人が亡くなった。これで「JRは危険だ」という方も増えたと思う。

ただ、日本では現在一年間で大体10000人が交通事故で亡くなっている。そう考えると、大体一日に30人近くの人間が交通事故で亡くなっていることになる。JRの事故は数十年に一度であるから、明らかに道路のほうが電車よりも危険である。

また、日本の場合は自殺者は年間で大体3万人出ているわけだから、一日に100人ぐらいが自殺で亡くなっている。そうすると、大体15分に一人が自殺で亡くなっていることになる。これだけの自殺者を出してしまう社会に住むということは、明らかに危険だ。JRが危険だと騒ぐ人は、より危険度の高いこの日本社会から今すぐ出て行くべきである。

しかし、果たしてそうだろうか。

この比較には大きな欠点がある。

その欠点とは、JRに乗った以上、客には「自分の注意によって、死亡のリスクを下げる」ことが難しいということを考慮に入れていない点である。自分がいかに注意していようと、車掌が無茶をすれば電車ごと木っ端微塵になる可能性もある。いわば「比較的安全だが、死亡を避けるための選択が少ない」。

一方で、自殺や、交通事故というのは、本人の注意や努力により、死亡のリスクを下げることが可能である。少なくとも自分が注意をしていれば、自分から相手の車に当たる可能性は低くなる。つまり「比較的危険だが、死亡を避けるための選択が多い」。

選択のない安全よりも、選択のある危険のほうが、人間は安全であると判断してしまうのである。

だから、死亡率だけで考えると、明らかに道路や社会そのもののほうがJRよりはるかに危険であるにもかかわらず、世論的に「JRは危険だ」という考え方に傾くのだろう。

統計学的に判断すると、明らかに非合理的な考え方であるが、私はこの考え方は正しいと思っている(ちなみに私は大学のときに統計学をしていたことがある)。

つまり、本当にリスクが高い状態というのは、自分に与えられる選択が極端に少なくなったときなのだ。そしてそれは合理的に見ると、一見非常にリスクが低いように見える。

そういう視点で、仕事や、家庭、人生について考えると、本当は何がリスクが高いのかが分かってくる気がする。

大企業で働くということは、本当にリスクが低いのですか??もう一度自分にも問いただしてみたい。
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by dubian2.4 | 2005-05-10 02:15 | 上海生活や仕事
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