素養

仕事をする上で、特に中国で仕事をする上では素養というものが日本以上に問われる、ということが最近よく分かってきた。

いくら仕事が出来ても、上司として私生活等で安心できない人間は海外に出すことは難しい。

私の知り合いで、私とは仕事のジャンルが違う方なのだが、常に海外駐在希望(中国の)を出している人がいる。しかし、どうしても上司が首を縦に振らない。彼は商社なので、駐在を強く希望すれば上司だって出してくれるだろう。その人は仕事はよく出来てモチベーションも高いのだが、中国に出張に来るたびに過激な遊び方をして、周囲ををハラハラさせるらしい。これが原因でなかなか駐在に出られないのではないかと私は思っていたので、この間会ったときにそう話しておいた。

海外に人を出すというのは上司にとっては非常に大きな権限委譲である。大きな決裁権も与えられるだろうし、人事権も与えられる。大きな力を持つ人は、それを慎重に使いこなせなくてはならない。

例えば、例が悪いかもしれないが、簡単に人を殺せる銃を、射撃がうまいからといって子供に渡せるだろうか。その子供が、銃を使うための十分な素養が無いと、大きな事故につながるかもしれないので絶対にその銃は渡せない。

仕事そのものの能力は、仕事をする上で必要な、ほんの一部の能力なのだ。
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by dubian2.4 | 2006-06-12 09:42 | 上海生活や仕事
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