誰のために働くか

 昨日、上司が朝会社に来なかった話を書いた。本人は寝坊だといっていたが、私は過労だと思っている。

 とにかく、毎日が忙しい。ほとんど土日も仕事で費やされる。

 さらに明日からはGMATというテストのためのクラスが始まり、その予備校に通うため、更に忙しくなる。基本的に月曜日から金曜日までは仕事、土日は予備校通いと仕事、という状態になる。昔中小企業診断士の資格をとろうと予備校に通ったが、それに近い状態になった。

 自分を追い詰めないように、心身ともに健康でいることが大切だ。

 さて、こう人生の大切な時間を仕事にとられると「誰のために働いているのか」、という問題にぶつかる。「何のために」ではなく、「誰のために」だ。

 大企業で働いていながら、「会社のために」なんでこんな働かなくてならないんだ、と文句を言う人がいる。過労で死んだら、会社に対して遺族が損害賠償を起こす。

 しかし私は、大会社の場合、「会社」という対象は基本的には存在しないと考えている。オーナー企業でも無い限り、日本の大会社の場合「会社」というものはただ単に利益を再分配する機能でしかない。「機能」は物理的に存在しないから、そいつに対して文句を言うのは少しおかしい。

 では「社長」のためか。うちのような日系の大会社の場合は社長の給料も安い。そして、社長だって雇われなのだからこの人のために働いているわけではない。

 もし、オーナー会社で社長がウハウハなら、「こいつのために働いている!」という実感もわくが、うちのような大企業の場合社長も社員の一人に過ぎない。

 そう考えると、もはや誰かのために働くのではなく、自分のために働いているということになる。それしかありえない。

 これを勘違いしないことが大切だ。

 私が思うに、ほとんどの大企業に勤める人は、自分が仕事でつらい思いをしているのを、会社のために働いているんだ!とか、会社で制度が悪かったりすると、人事が悪い!というが、そういう人たちに是非言いたい。

 仕事がつらいからといって仮想の相手を作って、それを非難するのはやめるべきだ。自分がやっている仕事に対して、自分以外の人のためにやっていると勘違いするのもやめるべきだ。

 何もかも自分のためにやっているのである。だから、仕事で本当にしんどくなったら、私は休む。要するに仕事が自分のためにならないと思ったら、いったん中断する。それでも自分のためにならないならやめる。

 大企業だろうと、結局は自分を経営しなくてはならないのだ。

 仕事をやらされていると思ってしまえば、その仕事はもう辞め時なのかもしれない。
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by dubian2.4 | 2004-10-16 03:08 | 上海生活や仕事
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