正しさの使い方

狂気というものがどういうものかと考えると、

自分が正しいと信じて疑わない人たちというものがまず思い浮かぶ。

これによって迫害が起きて、民族浄化が起きてしまう。これらは政治的利権が絡んだ宗教によって引き起こされることが多くて、私のイメージではその中でも特にキリスト教は歴史的に殺戮と破壊を世界規模で行っている。

十字軍、魔女狩りから始まって今日のイスラエルでの戦いまで、世界規模で略奪、破壊、殺戮を行っているものはキリスト教の名の下の場合が多い印象が否めない。

しかしながら、イスラム教が危険な宗教であるというイメージが持たれやすいのは、やはり最近のテロのせいだろうと思う。

いずれにせよ、一神教の場合は他の神が存在するという思想に対する許容は少なく、許容力のなさから排他的にならざるを得ない。

この許容力のなさが争いの根源であると指摘する人は多い。私としては、キリスト教徒などが一神教として自分たちの神が唯一「正」であると認識することはかまわないのだけれども、あるものが絶対正しいと考えるときのリスクというものを同時に理解できる理性が宗教家には必要だと思う。

あるものを絶対正しいと信じようと受け入れたとき、その正しさの使い方というのも学ばなくてはならない。
[PR]
by dubian2.4 | 2006-10-23 00:09 | MBA準備
<< 学んだこと 家族いると >>