「自分にしかできない仕事」を誇るなかれ

今夜は済南に来た。昨日一泊した大連から小型飛行機で1時間である。昨日は多分寝る前に紅茶を飲んだせいだろうか、一睡もできなかった。本を一冊しか持ってこなかったことが非常に、非常に悔やまれる。

大連は美しい都市であった。都市として100歳ぐらいと若いということ、第二次世界大戦の関係で日本との歴史が深いということが特徴である。ここで日本軍の作戦が・・・・・。と思うと胸が熱くなる。戦争の是非はとにかくとして、歴史のロマンを感じた。

午後に済南に行くまで時間があったので大連出身のスタッフの方が街を案内してくれた。

街のつくりとして大きく中国の他の街と異なる点を二つ発見した。

1)自転車がない。
自転車がないことに気が付いて、自転車を探したら40分ほどのドライブで1台だけあった。坂が多いことが原因ではないかと思う。

2)信号が極端に少ない
ブラジルなどもそういう街があるが、道路のつくりをロータリー中心にして信号がいらないようにしてある。

驚いたのは巨大なGEとDELLのコールセンターである。この大企業は、日本向けのコールセンターを全て大連に集約している。日本語の電話に対応するのは中国人なのだ。IPを用いた安価な回線と、中国の安価な人件費を武器に徹底したコストダウンをはかっている。

製造ラインなどの個人の能力にあまり依存しない仕事が中国に移されることはよくあるが、言語を操ったりするような応用性の高い仕事を中国に移してしまうというのは「すごい」の一言である。

コールセンターは消費者とのワントゥーワンの接点になるので非常に大切だ。

これを日本語が母国語でない中国人が行うというからには、徹底したマニュアル管理ができているのだろう。そのマニュアルは、もちろん過去から蓄積された英語や日本語の資料が中国語に翻訳されたものであろう。

業務の標準化に成功すると、仕事に付帯する属人的な要素が減る。つまり、仕事する人の特殊な能力に依存する割合が減り、比較的どのような人でもその仕事がこなせるようになる。

その端的な例が日本のコールセンターを大連に作る、ということである。

例えば「電話をしてくる客がこのように怒っているならこのように対応せよ」という情報がいつでもすぐにわかれば、コールセンターで電話対応している人は自分で考えなくてもよくなるので、日本人ほど日本語がうまくないハンデがあったとしても、日本からの問い合わせの対応が可能になるのだ。最初から答える内容がわかっていれば私も、あなたも今日から電話対応が可能になる。

だからコールセンターのような日本人にしかできないと思われていた仕事が、中国人もできるようになる。

よく「自分しにかできない仕事をする」ということが大事だといわれるが、それ以上に「自分にしかできない仕事を他人にもできるようにする」ということは大切なのだ。

なぜそんなに大切か。それは二つである。課長と新入社員を例に挙げよう。

1)課長にしかできなかった仕事が新入社員でもできるようになれば、今まで課長レベルの給与の仕事をより給与の安い新入社員にさせることができる。つまり「人件費節約」が可能になる。

2)課長は今まで自分がしていた仕事を新入社員にさせることによって、空いた時間でより高いレベルの仕事をすることができる。つまり「効率化」が可能になる。

この1)と2)がぐるぐる回れば、人件費はどんどん安くなって、もっとクリエイティブな仕事ができるようになって・・・。という正のスパイラルが生じる。


「俺は自分にしかできない仕事をしているんだ!」と誇るようではまだ甘い。「俺は自分にしかできなかった仕事を他人でもできるようにしたんだ!」というほうがよっぽどえらいのである。そうやって、自分はどんどんより高いレベルの仕事に移るべきである。

そしてこれを実現した人には手当てを与えるべきである。人ってだんだん自分の仕事を守るようになるから・・・。
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by dubian2.4 | 2004-10-19 00:23 | 上海生活や仕事
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