時間の値段

なんとこのブログが、yahoo!に掲載された。日記のようなものでも、yahoo!に載ることができるとは驚きだ。

本日はお金で時間を買えるのか、という話である。

現在住んでいるマンションは、私は多くとも週に一度しか掃除をしないから、週末になると、汚い。

さらに、クリーニング屋に出しても営業時間に洗濯物を引き取りにいける時間が平日に無いので、週に一度しか洗濯物を引き取ったり出したりできない。下着や靴下は夜中に洗って、部屋の中で干す。

大体毎日仕事で帰るのも遅く、その上で下着の洗濯もして、土日も学校があるのに学校以外の時間を掃除や片づけに使っていたら、自分の時間がなくなってしまう。

これを解決する方法は一つしかない。家政婦を雇うのだ。

週に3回ぐらいお昼に来てもらって、掃除や片付けや洗濯をしてもらう。これが可能となると生活が非常に楽になる。

自分の身の周りの雑事を行うために人を一人雇うというのは、なぜか心理的に抵抗があるが、本当に雇っていいものか自分の中で論理的に考えてみた。

家政婦を雇う真の目的は何だろうか。それは大きく二つある。

一つ目は、楽をするためである。掃除や洗濯はめんどくさい。ベッドの布団など、買って以来一ヶ月経つが干したことも無い。しかしながら「家事がめんどくさいから」というダメ人間のような理由で家政婦を雇うのはありなのだろうか。

結論はOKだ。要するに身の回りの雑務を楽にしたいということなのだから、自動皿洗い機や洗濯機を買うということと、目的は変わらない。家事の負担を軽減させるという目的だ。この考えは問題ない。

二つ目は、無い時間を有効に使うためである。自分がゆっくりしたり、気まぐれに何かする時間を捻出したいので、自分が本来行わなくてはならない作業の一部を金銭との交換で他人にしてもらうのである。そうやって自分の時間を確保する。この考えも問題ない。

よく、「お金で時間は買えない」というが、お金は時間で買えるのである。もちろん、過ぎ去った時間を取り戻すとか、1日を30時間にするとか、そういうことはできない。ただ、上記のように、本来自分が時間を使ってやらなくてはならないことを、お金を使って他人にさせることができるのならそれはお金で時間を買っていることになる。

時間はお金よりも大切よ!!!と叫ぶ人は湯水のようにお金を使って自分の時間をどんどん確保したらよい。

しかしまあ、そんなわけにもいかないので「いくらなら時間を買ってもよいのか」という問題にいきあたる。経済学をしたことのある方ならすぐに分かると思うが、それは時間を買う人の稼ぎに関係してくる。

もっとも基本的な例として、ダフ屋がある。1枚5000円のチケットを10000円で売るダフ屋は悪いやつなのか。そんなことは無い。もしそのチケットを買うのに5時間並ばなくてはいけないとして、私が5時間で5000円以上稼いでいる人間なら、並ばずに働いたほうが、合理的だ。

仮に私が5時間で10000円稼ぐ人間だとしたら、5時間並ぶなんてことをせずに、5時間働いてダフ屋から5000円高くチケットを買ったとしても、あと5000円も使える金があまる。しかし、もし働かずに並んでいたら5時間でチケットは買えるが、手元にはお金は残らない。だから、ダフ屋に並ばせておいて、自分は自分の仕事をしておいたほうがお得なのだ。

そういうわけで、まず、自分の年収から1時間あたりの給料を計算して、人に何かをさせるのにそれ以上お金がかかるようであれば、自分でやったほうが安い、ということになる。それが時間の値段なのだ。

私の1時間を、やりたくない掃除に使うか、読みたい本に使うか、これが問題だ。しかし、お手伝いさんの相場が1時間10元(=150円)と聞いて、掃除の時間は金銭で買って本を読もう、という結論に至った。

ただ、料理の時間だけは、倫理的に金で買ってはいけないような気がする。なぜか。続きは明日。
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by dubian2.4 | 2004-10-22 00:55 | 上海生活や仕事
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