NHKスペシャル「奇跡の詩人」

NHKスペシャルで「奇跡の詩人」が放映されてから約5年が経過した。

*奇跡の詩人の内容や問題についてはこちら

この番組は私の主観では科学的視点を欠くばかりではなく、社会に与える影響に関しても考慮されておらず、全くできの悪いものだった。NHK史上最低のオカルト番組のひとつといってよい。

視聴者の疑問にも真摯に答えることがなく、事象の真偽もうやむやにされたまま、NHKの放送記録からは削除され、再放送も海外放送もないままになっている。

NHKやプロディユーサーの狙いは、時間がたつことによって社会がこの件について忘れるのをまち、何もなかったことにしようということであろう。

その間に他番組に関しては「あるある大辞典」の捏造問題などが発生した。

メディアに関してはインターネットの登場によっていろいろな変化がおきてきているが、このような出来事は今後の方向性を考える上で非常に参考になる。

まず、以前は数チャンネルの番組がメディアを独占していたために視聴者は番組内容の真偽に問題があっても代替のメディアが存在せず同じメディアを継続して見るしかなかったが今後はインターネットを通じて多くの番組ができるであろうから視聴者は幅広い選択が与えられるということ。

そして、インターネットの双方向性によって番組の真偽についての議論が日本全国で行うことができるということ(社会問題化しやすい)。

最後に、これが一番大事なのだが、インターネットが人の記憶を補助する役割を果たしているということ。たとえば未だにネットで「奇跡の詩人」で検索するとヒットが結構ある。人が忘れてもインターネットが記録を残すので問題が風化しにくい。または風化しても再度ぶり返す可能性を秘めている。

上記のような状況では、大手メディアは「自浄能力」が以前にもまして重要になる。すなわち、自らが過ちを認めて、それをもとによりよい物を作ろうという力だ。

自浄能力が欠けると、据え置かれた問題は常にネットなどによって蓄積されていき結局は大手メディアを崩壊させてしまうことになりかねない。したがって最近の民放の捏造に関する謝罪というのは方向性としては正しいものだと思う。間違いを認めることが短期的な問題の収拾を手伝うばかりではなく長期的にも品質の高い番組を作る結果になる。


NHKのように国民から料金を強制的徴収することで成り立っているメディアの場合、その自浄能力が高くないと反発も買いやすいだけにすぐに立場が危うくなる。

NHKをもしも見る人のみが料金を支払うような制度にすれば(今の技術ではまったく難しくないだろう)支持者のみが料金を支払うことになり、クレームも減るが(支持者しか見ていないので)その分支持者の絶対数も減って収益も減っていってしまう。

あの番組から5年たったが、大手メディアは世の中の変化についていけていっているのだろうか。疑問である。
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by dubian2.4 | 2007-05-06 00:57 | MBA勉強中
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