平均の意味するところ

私がこんなことを言うのもおこがましいのであるが、仕事をしていて「平均」の意味が十分に理解されていないまま使われているところをよくみる。

企画や財務部門などと話をするときにも、「彼らの給料の平均は大体このくらいで、その平均と比べると彼女の給料は1000元も高い」とか、平均にまつわるデータを中心に話が進められる。

簡単な統計学をされたことのある人なら十分理解できると思うのだが、「平均」という数字は、場合によってはあてにならないことが多い。

その証拠に、学力テストなどには偏差値を用いている。平均が当てになるなら、平均点はいくらで、それに対して自分の点数がどのくらいなのかが分かればよい。

平均が当てにならないのは、平均を生み出す母集団(平均の元になる集団)がどの程度の散らばりを持っているのか考慮されていないからだ。

分かりやすい例で説明すると、今私がある科目のテストで70点取ったとする。クラスの平均は50点だとして、私がクラスの平均より20点も点数が高いからといって喜んでよいのか。

これは場合によって異なる。

例えば、10人のクラスであるテストの平均点が50点であったことを考えてみよう。

10人のクラスで全員が50点を取っていて、そのテストで70点を取っていれば、自分はかなりすごい部類に入ると判断してよいだろう。

しかし、10人のクラスで7人までが70点を取っており、2名が5点、1名が0点をとっている場合、自分がそのテストで70点を取れたことにそんなに意味があるだろうか。クラスの平均点は上記と同じ50点だ。このクラスで70点を取れるということは、点数の悪い一部の人たちの仲間入りをしなかったというだけの意味しか持たない。

このように、ほかの周りがどうなのか、ということを考えずにただ平均だけで数字を語るのはすこし乱暴な気がする。だから、標準偏差など、数字の散らばり具合を考慮する必要があるのだが、なぜか社内の多くのデータはこのことを十分考慮せず平均ばかり用いている気がする。

社内の平均信仰をどうにか食い止めたいものだ。
人気blogランキング
[PR]
by dubian2.4 | 2004-10-27 01:59 | 上海生活や仕事
<< 180日ルール 税金は誰が払っているか >>