途方もない夢

今日は妻の誕生日だ。この場を借りて尊敬する妻におめでとうと言わせてもらいます。末永くよろしくお願いいたします(読んでくれているかは不明だが・・)。

この誕生日を記念に、私の途方もない夢&野望の一つを紹介したい。

私が上海に来てから、すでに2ヶ月が経とうとしているが、この国の貧富の落差にたまに頭が痛くなる。このような状況を見て、この国が社会主義とは到底考えられない。

とくに問題だと感じるのは、子供たちだ。小皇帝という一人っ子政策で頭からつま先まで至れり尽くせりな子供たちがいる一方で、親に捨てられたり、自分で自宅から逃げてきて上海に住み着いているような子供たちがいる。

彼らは、朝地下鉄で皆が読み終わった新聞を回収して屑紙として売ったり、ゴミ箱から資源ゴミをあさったりして生計を立てている。それはまだましなほうで、靴磨きのサクラをしたり(道端の靴磨きの客の隣で「スゴイキレイだ!」とかやかましく騒いで、客の靴磨きに対するチップを弾ませる)、ひどい者になるとスリをしたりしている。

みんな汚い。しかも10歳ぐらいなのに、顔がおっさんくさい、おばさんくさい。

子供は、大人と違い未来がある。先が長い。10歳やそこらの子供など、人生がスタートしたばかりだ。貧乏な家庭に生まれたばかりに、彼らは勝負のチャンスを与えられないまま、すでに人生に敗北している。

逆に私なんかも含めて、ただ単に生まれがよかっただけで、いい暮らしをしている者もいる。

スタート地点がまるで違う。

社会がのんびりした状態で、浮浪児がうろうろしているなら、まだ救いようがある。コミュニティ全体で親のいない子供を養う、ということは古きよき社会にはあったらしい。しかし上海のように経済発展がすさましいところでは、浮浪児はただの邪魔者扱いだ。

以前のブログにも書いたが、私自身参加する予定の「フォスターペアレンツ」という制度は、ある団体に定期的に金を振り込むと、その金で学校に行けたり、飯にありつけたりする子供から感謝の手紙が送られる制度である。寄付に対するフィーバックに重みをおいているのが特徴で、寄付者の自尊心をくすぐる。

しかしこの制度には致命的な欠点がある。

それは、払った金が返ってこないという欠点である。

人間の財布の紐というのは尋常じゃないほど固い。いかなる理由があろうと、ただで人に金をやるのは非常に気が重い。モンゴルの寒さに苦しむ子供に古着を送ろう、と募集をかけたら日本全国から古着が集まったものの、モンゴルへの送料が全く集まらなかった。という話が昔あった。

善意はあるが、金を出すのはいやだ、というのは人間の正しい心理である。私だって自分の人生の大切な時間を使って作り出した金をただでどんどん人に渡すなど、非常に気が重たくてできない。

しかし、この問題を解決する方法を思いついた。今すぐ実現は難しいが理論的には可能である。

それは、「寄付」を「投資」にすることである。

簡単に言うと、一般人や金持ちから金を集め、選抜された「チャンスの無い子供たち」に投資してもらい、その子たちが将来自分たちの手で金を稼げるようになったら、その投資された金に一定の利子をつけて投資してくれた人に返す。

1)金を渡す側にとっては「渡した金が多くなって帰ってくるかもしれない」というメリット、
2)金をもらう側は、チャンスが与えられるというメリット、
3)社会にとっては、より質の高い労働力の確保というメリットがある。

投資なので、うまくいかなければ、投資以下の金額が返ってくるかもしれない。しかし、少なくとも貧乏な子供を助けたと思えるし、そちらのほうがこの投資の趣旨としては強い。だから、投資家も「損した!」といってもめちゃくちゃ騒ぐことは無いだろう。

ただ、これは回収までのスパンが長いことや、それだけ長い時間一人の人間をモニタし続けられるのか、という問題もある。

課題は多いが、こういうファンドが作れたら、すばらしいな、と思う。
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by dubian2.4 | 2004-11-01 02:42 | 上海生活や仕事
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