願をかける

私は、迷信や、非科学的なことに対して懐疑心を持ちながら接するタイプだが、願をかける、ということは目標を達成するうえで大切なことだと思う。

例えば、何かに成功したいと思い神社に行ってお参りをする場合を考えてみる。動きの流れとしては、

何かを達成したい→神社にお参りに行こう→日を決める(大安とか?)→電車やバスや徒歩で神社へ→神様の前でお参り

となる。結構めんどくさい。

車や電車の無い昔ならば、足を使って山奥にある神社までひたすら階段を上ったり、ものすごく苦労して到着することになる。

また、信仰があれば神様の前では、厳かな気持ちになるものである。

そこまでして、何かを成し遂げたいという強い思いをぶつけた場合、たとえ神様がいなかったとしても、戦闘機がミサイルを撃つときに敵機に対してロックをかけるように、目標に対してロックがかかるのではないだろうかと思う。信仰心があるならなおさらである。

これは心に節目をつけるという意味で非常に大切な行為だと思う(神社に限らなくても良い)。何かを成し遂げようとする場合、儀式を通じて自分の心にロックをかけるのである。例えば結婚する場合は、結婚式をして共同生活の覚悟を決めるし、学校に入学する人は入学式で学業への覚悟を決める。

よく、流れ星が流れている間に3回願い事を言うことができればその願いは叶う、と言われる。流れ星が流れているのを発見してから「何を願おうか」と考えてはそんなことができるわけが無い。

とりつかれたように、毎日自分が成し遂げたいことばかりを考えているから、いざ流れ星が流れたときに願いをいえるわけである。そしてそういう強い思いがある人は成功するだろう。願い事は叶うのである。

願をかける、というのは、そういうことなんじゃないだろうか。結構大切だと思う今日この頃である。
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by dubian2.4 | 2008-10-27 10:24 | 日本
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