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好きな人

 今回27日から29日まで短い間であるが北京に出張に行った。
 
 北京といえば私が幼い頃住んでいた町である。懐かしさを感じたかったが、町の姿も変わり果てて懐かしいと思えるようなところもそれほど多くなかった。

 今から20年ぐらい前になるが、私の小さい頃は、北京の道路にはよく馬車が走っていた。馬車はレンガなどを運んでいて、重たい物の輸送手段に重宝されていたのだろう。おかげで路は馬糞だらけで、いかに馬糞を踏まずに道路を全力疾走できるかという「馬糞レース」なるものが私達の子供の間で行われていた。

 ものはそれほどなかったし、当時は「粮票」という金銭とは異なるチケットがないと自由に食料が買えなかったりした。日本のお菓子が毎日食べたかった。いつか食べた日本のお菓子のことを毎日考えていたのを今でも覚えている。

 美味しいお菓子がなかったから、母の(たまに)作るクッキーやデザートが何よりのごちそうだった。自分で砂糖を煮てあめを作ったりもしていた。

 お菓子と違って日本の漫画やビデオは減らないので、日本人学校の子供達の間で結構流通していた。だから日本の文化はよく知っていた。

 うちでは洗濯物と一緒にビニール袋が干されていた。ビニール袋など当時はどこに行ってもなかった。買い物で買い物袋を持たないのは、学校に行くのにカバンを持たないのと同じだった。万里の長城で全校でバーベキューをしているときにY君のビニール袋がなくなったということで、生徒全員で探し回った。私も、ビニール袋がないのは大変だと、真剣に探してあげた。
 
 ものを大切にできるかどうか、というのは結局は生活環境の問題だと思う。ものがなければ大切にするし、ものが増えてしまえば無駄も多くなる。

 若い人はものを無駄にする、というが、彼らだって、ものが少ない状況下で暮らすようになれば無駄にすることはなくなるだろう。だから、ものを無駄にするのは彼らが悪いとか、そういう問題ではなくて、時代がそうだから、ということなのだ。

 ただ、私はやっぱりものを大切にできる人が好きだ。

 収入や、暮らしに関係なく、ものをいつまでも大切にしているような人は、とても魅力的に思える。だから、家で昔から使われているテーブルや、時計などをみると、その持ち主をとても好きになってしまう。 

 振り返って考えると、北京の生活は、本当に自分の人格形成に相当影響を与えたと思う。
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by dubian2.4 | 2004-09-30 00:28 | 上海生活や仕事

相対論的宇宙論


新装版 相対論的宇宙論―ブラックホール・宇宙・超宇宙
佐藤 文隆 , 松田 卓也


講談社ブルーバックス

 宇宙というのは、空間の単位、時間の単位がまるで違う。経験的に何かを検証しようとしたら、数十年はもちろん、数百年かかることもある(例えばハレー彗星の周期を経験的に検証しようとしたら、最低78年?かかる)。

 宇宙に関する多くの部分はわからないが、数学的な論理性がものの存在やその形を証明することができるなら、何かがわかるかもしれない。

 そうやっていろんな科学者が宇宙の解明に挑んできた。

 宇宙に端はあるのか。絶対空間という概念は存在するのか。などなど。

 相対性理論は、全て机の上で編み出された理論であるが、その後実験によって多くが正しいということが証明されている。

 本に書かれている数式は多くが読解不可能。しかし、宇宙のロマンは十分に感じられると思う。

 空を見上げたいサラリーマンにお勧めの一冊。
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by dubian2.4 | 2004-09-29 23:20 | 最近読んだ本

エントロピー

 エントロピーの法則というのがある。よく知っている方も多いだろう。
 
 私自身も数学や化学についてとても詳しいわけではないのだが、熱学上で「熱力学第2の法則」の中でエントロピーは不可逆変化では必ず増大する、とされている。統計学上ではエントロピーが大きい状態というのは、より乱雑な状態であるらしい。

 熱力学や統計学のような、化学や数学とは直接関係のないことなのかもしれないが、日常でも、不可逆的な変化(後戻りできない変化)でエントロピーが増大して、より乱雑になるということは大いに起こっている。

 時間の流れというのは、もちろん不可逆的なのだが、例えば岩が崖から落ちて割れてより乱雑になることがあっても、乱雑に割れた岩が元の形に戻って、元の場所に収まることは確率的にもなかなか起こりえない。
 
 もっと身近な例だと、片づけをしないで生活をしていれば部屋の中はちらかる一方だが、偶然に部屋の中が整理整頓されてしまうことはまずない。

 ほうっておけば、時間とともにエントロピーは増えつづけ、物事をより乱雑にする。だから、整理整頓や、物事がややこしくならないように、工夫が必要になる。

 会社というものもそうである。中国で私の勤めている会社は多くの工場や販売会社を持つが、これは戦略的にそうしたのではなく、いわばエントロピーが増大した結果である。要するに、無意識に(全体的な戦略なく)時間とともにそういう状態になったので、乱雑だ。

 例えば同じ会社の工場同士なのに財務システムが異なっていたり、工場が中国全土に散ってしまい物理的な距離があって、グループ内の部品の供給などで四苦八苦していたりする。

 いったん乱雑になってしまったものを、整理整頓するのは、非常に労力がかかる。そのため、最初から乱雑にならないように、工夫が必要になる。例えば全社で使用するシステムを同じにするだとか、全体最適を常にモニタリングするだとかだ。

 それができる会社とできない会社とでは、10年、20年という視点では、組織力という点で絶対的な差が生まれると感じている。
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by dubian2.4 | 2004-09-29 01:31 | 上海生活や仕事

寄り道して考える

養老孟子/森毅
PHP 文庫

飛行機が遅延したせいで、休むことなく一回で全部読みきってしまった。

養老と森の対話形式で、オウム真理教やあさま山荘事件などを取り上げる一方で、社会システムとは何かなどについても取り上げている。

幅広い話題で読んでいて楽しい。

飛行機が遅延したときに備えたいあなたにお勧めの一冊。
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by dubian2.4 | 2004-09-28 02:53 | 最近読んだ本

仕事でめげる(でもがんばる)

 今日は北京出張。飛行機遅れて、24時に北京到着。おかげで本をたくさん読めた・・。 

 上海で現在行っているプロジェクトは、日本から来る情報部門の方がチームを組んでバックアップしている。彼らは出張ベースでこちらに来たり、長期滞在の形を取ったりしている。

 彼らと仕事をしていると、たまに、めげる。

 情報部門は「インテリジェンス」とも呼ばれ、まさに全社の頭脳集団が集まっているところである。プロジェクトの重大さとサブリーダー(情報出身)のコネもあって、その中でも特に優秀な方々が上海に集結している。

 現在の課題などについての取りまとめの表を昨日システム部門の方からいただいて、かみなりが脳天に直撃するような思いだった。

 まとめ方がうまく、課題のポイントが非常に分かりやすく、なぜこんなことに気が付くのかというようなことまで書かれており、「すごい」の一言である。

 彼らは、入社からひたすら論理的な考え方の訓練をうけまくり、数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者たちで、こういう方々と仕事をできるのは大変光栄な一方でもしかしたら、自分は足を引っ張っているのではないか、見当違いの提案をしているのではないか、と怖くなる。

 彼らは思考能力に長けているだけではなく、物事を最後まであきらめないタフさもあり、会議ではまず私が疲れてぐんにゃりしてしまう。

 たまにメジャーリーグの中でひとり草野球をやっているのではないかと不安になるときもあるが、めげずに最後まで彼らにくらいつこうと考える次第である。
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by dubian2.4 | 2004-09-28 02:32 | 上海生活や仕事

妻にかばん

 昨日新天地のバーを歩いていると、かわいいかばんがあった。

 妻に似合うと思い、早速買うことに。しかし、かばんを買ったその瞬間、不思議な思いが頭をよぎった。

 妻は今上海にいないのである。かばんを買ってしまったせいで、なんだかものすごくそれを実感してしまった。

 男である私の手に渡されたかばんは、なんだか持ち主を探しているようで少しかわいそうであった。
 
 とりあえず、部屋の端においておいた。すると、かばんが妻に会える日をカウントダウンし始めるのである。

 いままで「あと何日で妻に会える」とうことは意識しなかったつもりである。しかしかばんひとつでこうも人間の考え方が変わってしまうのかと思うほど感慨深くなってしまった。

 しかし同時に、このなかになにか、物事を考えるヒントが隠されているような気がする。何であろうか。不思議な感覚である。
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by dubian2.4 | 2004-09-27 00:25 | 上海生活や仕事

ひらめき

 今日は日曜だというのに、朝7時から会議であった。昨晩3時に寝て、おきたのは6時だから、睡眠時間は3時間である。会議などもちろん集中できるわけもなく、意識は飛んでいた。

 今の仕事はとにかく会議が多い。以前も書いたが企画段階なので、受発注に関する細かいルールををひとつひとつ会議で決めてゆかなくてはならない。ひとつ決めるに、そのルールの論理性や他のルールとの矛盾点がないか検証してゆくため、とにかく時間がかかる。

  特に時間がかかるのは、物事が決まらないときだ。物事が決まらないときはどういう時だろうか。

 まず一つ目は、「ダブルバインド」が発生したときだ。もともとこの言葉は精神病理学なんかで使われるのだが、選択肢はあるのに、どちらを選択してもよい結果が得られないため、「手詰まり」になる状態を言う。

 例えば、熱帯夜に台風が来て停電になる。停電なので、クーラーが使えない。すると家の中は暑くなり非常に不快になる。涼しくするため外の風を入れようと窓を開けると、台風で雨水やら土砂やらが窓から舞い込んでくる。でも窓を閉めると暑い。どないせいっちゅうねん。

 どっちを行っても、よい結果は得られない。だから、いつまでたっても決められない。そしてこうなると、会議は煮詰まる。

 そして二つ目は「コンディション・サーキュレーション」が発生したときだ。これは私が考えた言葉だが、2つ以上の条件が依存しあい、「手詰まり」になる状態のことだ。
 
 むかし、のび太が言っていた。「草むしりをしたら、買い物に行く。買い物に行ったら、勉強する。勉強したら、草むしりする。」どないせいっちゅうねん。

 どこから決めればよいのかわからず、いつまでたっても決められない。

 ダブルバインドもコンディション・サーキュレーションも、発生してしまうと会議の進行を大幅に遅らせる。この様な状態を打破するには、今ある条件のみを用いては難しいので、ひらめきのようなものが必要になる。

 このひらめきは経験をつんだシステム部門の方々から発生することが多い。彼らにどうしたらそのようなことをひらめくのか、と聞くと、とにかく理詰め理詰めで考えを追い詰めてゆくと、答えが待っているような状況になるらしい。

 解決方法を急に思いつくということは確かなのだが、問題に対して頭の中で何回も問い詰めることが大切なのだそうだ。

 そして、これはとにかく訓練をして、できるようになるしかない、と言われた。

 ひらめきひとつにしても、訓練の賜物なのだ。考える訓練というのを自分自身もっと積んでいかなくてはならないと感じた。

 
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by dubian2.4 | 2004-09-27 00:07 | 上海生活や仕事

MBA Tour

 一昨日のことであるが、MBA Tourに参加してきた。会議を無理やりけって参加したのである。MBAは来年に申請するつもりである。

 MBA Tourではリッツカールトンの大会議室を借り切ってさまざまな学校がブースを作り、説明会を行っていた。ちょうど就職フェアのMBA版のような感じだ。

 有名なところでは、UCLAのアンダーソンスクール、コロンビア、UCバークリー、シカゴ大などがブースを出していた。

 人が多く、一通りいろいろなところで説明を聞いてみたが、質問がありますか、といわれたら、なかなか何も思いつかない。一方で周りにいる中国人はアメリカの生活は、大変ですかなど、どうでもいいことを聞きまくっている。
 
 今回のツアーで驚いたのは、

①参加している多くの中国人のモチベーションが非常に高いということである。彼らは、なぜMBAをとりたいのか、その理由を長期のキャリアパスに沿って明確に説明できていた。

②説明会にきていた中国人の多くは外資企業に働いているために、みな非常に英語が堪能である。

③そしてみな異常なまでに社交的である。ボーっと立っていると、握手を求めて自己紹介をはじめてくる。

ということだ。

月曜日にはウォートンの個別説明会があるから、そちらにも参加しようと思う。その夜は出張があるが、少しでも参加したい。

10月からはGMATのクラスにかよう。土日がなくなるが、仕方がない。

こちらのほうも、がんばってみようと思う。
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by dubian2.4 | 2004-09-26 03:16 | 上海生活や仕事

他人へのサービスに金を払う3

 人事が答えたのは、
「日本人と中国人では、生活レベルが異なるので給与も異なる。」という返事であった。
 
 すると、この給与格差は、仕事の対価とは別の部分で発生しているということ考えになってしまう。

 家に帰って、とりあえず自分の給与基準を引っ張り出してみた。すると自分の給料は下記のような内容であった。

 まず、自分の給料がある。それに数パーセントを加えて、残業代とする(つまり、いくら残業しても残業代は一定)。一応、職責、権限の拡大等による手当てもある。ここまでは仕事への対価だろう。

 しかし、単身赴任の場合は国内外の二重生活に配慮して手当てが出ている。奥さんがいると扶養手当もある。生活面のご苦労代なんていうのもある。これらは、仕事の対価と関係ない。 

 要するに人事も含めてみなの感覚では、海外で給料が多いのは、「日本人だから」「生活面などで苦労しているから」というわけだ。そういう考えだと、現地社員との給料の違いは福利厚生によるものであるというイメージが強くなってしまう。

 この考えには2つの大きな問題がある。

 ひとつは、現地社員が納得しないということである。前述したように福利厚生の納得を得られる理由は、その制度を利用していない人間が「お互い様」と思えるかである。中国人はそう簡単に日本人にならないのだから、「お互い様」はありえない。これでは、現地社員は「他人へのサービスに金を払う」状態に嫌気がさし、モチベーションも下がるだろう。

 もうひとつは、福利厚生である以上、つまり「仕事への対価」としての扱いでない以上、この手当ての金額をを動かしやすい、ということである。「このご時勢だから・・・。」と経営者が言ってしまえば金額は動くだろう。労働者は防御しにくい。
 
 これらの問題を解決するには、給料に格差がでるたった一つのみなが納得できる理由、つまり、「この人は、あの人達よりも仕事がよくできて生産性が高いから。」を給与格差の理由にするしかない。

 「なぜ中国人への給料より、日本人の給料が高いのですか。」
 ときかれたら、
 「日本人は、とくにイキのいい、できるやつを連れてきていて、よく働いて、アウトプットが人一倍多いから給料が高いのです。」
 と人事が答えればいい。また、実際にそういう人だけを集めるべきなのである。

 それによって日本人にもプレッシャーと自尊心が生まれるし、周りの現地スタッフも納得する。

 上海に住む私にとっても、収入は高いに越したことはない。ただ、日本で働いている人に対しても、中国で働いている人に対しても、その理由が「給料は一緒です。福利厚生が違うから、差が出るのです。」というのは一見平等のように見えるが、実はこの上なく不平等なのだ。

 私は、人一倍アウトプットが多い。だから現地の社員よりも給料が高くてあたりまえ。そうやって自分にプレッシャーをかけながら、本来はみな上海で仕事をするべきなのである。(了) 
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by dubian2.4 | 2004-09-25 02:18 | 上海生活や仕事

コンサルタントの時代 21世紀の知識労働者

文春新書
鴨志田 晃  
 
普段お世話になっているコンサルタントの仕事が会社や会社にどのような影響を及ぼしているのか、そういうことを説明する本だと思い期待していたが、著者の経歴の話や、著者のコンサルタントに対する思いなどがかかれているだけであった。

 あまり内容も、一般論ばかりで、光るものがない。

 著者紹介の写真の中で著者に寝グセがある。もう少しちゃんとしようよ、と応援したくなる。

 コンサルの独り言を聞きたいあなたにお勧めの一冊。
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by dubian2.4 | 2004-09-24 09:46 | 最近読んだ本