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出張で読んだ3冊

2日の出張で、移動も多いこともあって3冊読んだ。最近読んだ本紹介していないが、反省もこめて紹介する。

<個人情報保護法 早わかり>
BY岡伸浩


個人情報を持つ企業がいかにして訴訟や裁判から身を守るか。要するに法律を正しく理解して、情報を慎重に扱えということ。

<私の行き方考え方>
<物の見方、考え方>
BY松下幸之助

この本を読んで、親の大切さを知った。この人の本は、私のバイブルになりそう。もっと早く読んでおけばよかった。
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by dubian2.4 | 2005-03-19 13:34 | 最近読んだ本

立場の違い

本を読んでいて、興味深いことが書いていたので記す。

松下幸之助が書いた本である。

世の中、誰が偉いか、ということを考えると、それはそのときそのときの立場によって決まるという。

つまり、饅頭屋の主人の車を引いている人は饅頭屋の主人に仕えているように見えるが、立場が変わってその車引きが饅頭屋で饅頭を買うときは、主人が車引きに「買ってくれてありがとう」と頭を下げることになる。この場合は饅頭屋の主人が車引きに仕えていることになる。

ここには、社会の真理が見られるような気がする。

つまり、どのような立場であれ、社会で生きて行こうと思えば、誰もが誰かの「お役に立たせていただく」ということをしなくてはならない。

どのような立場のものであってもそこには感謝がある。どんな立場のものでも、そのことを忘れれば必ず失敗してしまう。

非常に心に残る言葉であった。
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by dubian2.4 | 2005-03-19 12:44 | 上海生活や仕事

本日は広州

今日まで行っていたアモイでは現在、相当の人手不足らしい。

工場の人たちもみな、上海などより自給の高いところへ流れていくそうだ。

なかなか工場経営も大変そうである。

そして、夜は広州へ移動してきた。

この町もでかい。そしてみんな南方訛りの中国語をしゃべる。

この町並みを見て、様々な可能性を感じずに入られないのであった。

システム完成まで後わずか。毎日ドキドキしている。
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by dubian2.4 | 2005-03-18 00:07 | 上海生活や仕事

法の精神

仕事でアモイに来た。

モアイではなくアモイだ。くどいようだがアモイは土地の名前だ。モアイではない。

周りの人間は皆福健訛りの中国語をしゃべるので、私としては台湾にいるようで懐かしい。

実際に町並みも台湾そのものだ。

ところで、先日「法の精神」について書かせてもらった。

現在ライブドアの買収騒ぎで、結局法整備を進めようという方向で司法も動いている。
東証だって、時間外で大量取引はやめるよう通達を出している。

ということは、法的にもやはりまっとうな方法での買収ではなかったということである。

この騒ぎを見ていると、法に定められなければ、何をやってもよいのか、という単純な疑問にいきつく。

なぜTOBに公開が必要なのか、裁判官にはその裏にある「法の精神」をしっかりと考えて欲しい。違法か合法か、という判断だけではただの言葉のゲームになってしまう。
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by dubian2.4 | 2005-03-17 00:32 | 上海生活や仕事

リスケ

リスケがきた。

やはりくるかとどきどきしていたが、きてしまった。

リスケというのは、リスケジューリングの略で、要するにこれまで組んできたスケジュールを見直しますよ、というものである。

業者に対して出したシステムの変更要求のうち、一週間で解決できないものがあったのである。

仕方がないといえば仕方がないが、スケジュールを再度見直して、3月25日までに完成、ということにした。リスケ分の金額は業者が持つということで片付いた。

納期は死守。という習慣がなく、こちらから用件を出しても、「やれるだけやってみましょう」というどんぶりのスケジュール管理。これはではいけない。しかし彼らは一生懸命なので、まったく悪いことをしていると思っていない。スケジュール管理が大切だということは、付き合いの中で理解してもらうしかない。

一方で妻の友人(すでに私の友人にもなった)から、プログラムやサーバ管理についての詳しい話を教えていただいた。いい出会いだ。

いいことと悪いことがバランスよくおきているが、全体的に見ると、いいほうへ傾いている。必要な時に必要なことがそろっている。すばらしき人生。
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by dubian2.4 | 2005-03-16 02:23 | 上海生活や仕事

個人情報保護法

個人情報保護法について勉強中。

まあ、これまで法律がないからといって企業がすき放題やってきていたわけで、当然といえば当然の法律だ。

これも、常識の範囲で守れる人たちが少なくなったからできた法律なのだろう。

なかなか考えさせられる。
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by dubian2.4 | 2005-03-15 01:46 | 上海生活や仕事

出会い

本日は妻の旧友であるNさんカップルと出会った。

休みを利用して上海へこられたとのこと。ようこそ上海へ!!

観光客が行きそうな中華料理屋(ディンタイフォン)で食事をし、その後観光客が行きそうなワイタン3号へ遊びに言った。どちらも私も妻も始めてであったのだが、日本人がたくさんいた・・・・・。

現在システムの作成に頭を悩ましているところに、Nさんはちょうどそのテの話に相当お詳しそうな方であったため、ずうずうしくも色々教えていただいた。いやな顔ひとつせずに色々と教えていただいた。なんというすばらしいお方!!

なるべく自分で調べますが、またわからないことがあったら教えてください・・・(独り言?)。

個人情報保護法の本も手に入れ、ますます心躍る今日この頃である。
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by dubian2.4 | 2005-03-14 02:01 | 上海生活や仕事

ルールというもの

私は社内で取引のルールの制定などを行なっているので、ルールについて考えさせられることがよくある。

もともと、ルールというものは「物事を潤滑に進める上で、混乱が無いように決め事をしよう」というものである。

そのため、あたりまえだが抜け穴があれば何をやってもよい、というわけではない。

そういう前提があるから、あくまでも当事者の間で「良識」や「常識」があると考えられる範囲はわざわざ明文化してルール化する必要が無いわけだ。

ルールの親分である法律にもこれは当てはまる。法律が多いということは、当事者同士の「良識」や「常識」で解決できる範囲が狭いということを意味する。だから、法律が多いほど、「法が整備されていて先進的」というような単純なものではないと思う。

アメリカの法が整備されているのは、多民族であるために文化の違いなどから、社会として共通した「良識」や「常識」がお互いに通用しないことが多いためだろうと思う。

一方で、法が整備されすぎると、今度は法に触れなければ何をしてもいい、という逆転の発想が生まれてくる。法にはかいくぐれる余地があるから、これらを利用して悪だくらみをはじめる。そうやってまた法が細かくなっていく。法が細かくなるほど、「法が全てである」という誤認が生まれやすくなって、抜け穴を探す人が増える。

法の後ろには、それを作った理由、意図するべきものがあるだろう。「法の精神」ともいえるものだ。裁判官は、ただ単にある行為が法に照らしてどうであるかというだけの判断ではなく、「法の精神」にのっとった行為であるか、というところをもっと意識するべきだ。

良識や常識を超えた範囲で行ったものは、法に照らして考えるのではなく、「法の精神」に照らして考えるように裁判官たちに切にお願いしたい。
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by dubian2.4 | 2005-03-13 00:37 | 上海生活や仕事

技術はすごい

現在、中国のあるシステム開発会社にシステムの作成を頼んでいる。

システムの試作品を見せてもらっているのだが、はっきり言って技術はめちゃくちゃすごいものがある。中国がIT大国になる日はもうすぐそこであると感じる。

一方で、スケジュール管理とか、顧客に対する報告業務などは非常にずさんだと感じる。

今日週末なので、必ず進捗報告書を出すように、と電話で念を押し、メールも書いたが、報告書が出てこない。彼らは、進捗が悪いので報告したくないのかもしれない。

しかし私にとって見れば「進捗が悪い」と報告があったほうが、報告が何もないよりだいぶましなのである。

高い技術力と、低い管理力のギャップが激しい。

これはなぜおきるのか考えてみた。

中国では、道端でも高価なソフトが、焼き芋を買うような値段で売られている(もちろんコピー)。だから、多くの技術者は自分の小遣いで高いソフトを買って家でも練習したり研究したりすることができる。そのため、技術力は高くなる。

一方で、開発などプロジェクトの管理は、顧客とのしのぎあいで醸成されるものである。そのため、経験が必要になってくる。この経験が不足しているため、管理能力が低いのではないかと思っている。

明日朝一番でクレームの電話をしようと思う。なかなか、チャレンジングである。
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by dubian2.4 | 2005-03-12 03:19 | 上海生活や仕事

うらやましい

何がうらやましいかで、その人が何をしたいのかが分かる、ということに最近気がついた。

私の友人は、ハリウッドのアクション映画を見ると、「うおーー、うらやましいんじゃ!!こいつらいいなあ制作費あって。俺もそれくらい制作費あったらいい映画作れるのになあ。」とうるさい。

私はまったくうらやましいとも思わないので純粋に映画を頼むことができるが、映画監督を目指している友人にはハリウッド映画がうらやましくてしょうがないのだ。

一方私はおかしな話だが、入社してから始終自分の会社がうらやましいと思っている。

会議をすれば、「こんなに頭のいい人が集まって会議できて、やっぱ大企業は違うなあ。」とか、システム構築に外部のコンサルを雇うと、「コンサル雇う金があってうらやましいなあ。」と自分が会社を持っているわけでもないのに、そう思ってしまうのである・・・。


うらやましい、と思えるということは、目指すべきものがあるからなのであろう。
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by dubian2.4 | 2005-03-11 01:04 | 上海生活や仕事