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システム第二次開発

今回の反日デモのあおりを食らって、MYシステムの公開は、暫時的に見送ることにした。

そのかわり、二次開発に入った。

本来は1次開発をして、公開と同時に2次開発に入ろうと思っていたのだが、この際1次開発と2次開発を終わらせた後の公開とする。

2次の完成は7月。

いずれにせよ、楽しみだ。
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by dubian2.4 | 2005-04-30 00:09 | 上海生活や仕事

伝わる・揺さぶる文章を書く

山田ズーニー
PHP出版

書くこと、話すことは、根気強く自分と相手とのギャップを埋める事なんだな、と気がついた。
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by dubian2.4 | 2005-04-29 23:18 | 最近読んだ本

怖い絵本

一昔前に「本当は怖かっいグリム童話」など、絵本の怖い側面を強調した本が出されていたが、本日新聞の宣伝に載っていた絵本は、本当に怖い。


絵本の題名は「アイガモの絵本」

この本の紹介にはこう書いている。


育てて、遊ぼう


雑草や害虫を食べてイネと一緒に元気に育つアイガモ




ここまではよい・・・。



育て方、合鴨稲作、さばき方・料理法を絵解き。





さばき方って、料理法って・・・。

この絵本の構造がとても気になる。

「育てて遊ぼう」というより、「育てて食べよう」だと思う。

この本に関する情報をもっている方がいましたら是非教えてください。

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by dubian2.4 | 2005-04-29 00:52 | 上海生活や仕事

会議と費用

大体日本の企業の場合、4月~3月を一年の会計年度としているので、4月は一年の始まりというところが多い。

一年の始まりということで、どの企業でも方針発表会というのがあると思う。

この方針発表会というのは結構クセモノで、発表会の中で地域の経営者やら、財務責任者やらが方針を発表してゆくうちに、結局予定されている時間を大幅に越えてしまうということがよくある。

方針発表会で、予定時間をオーバーする。これは本来絶対にあってはならないことなのだ。

企業活動にとっては、時間は金銭そのものである。10人が1時間会議に参加することは、一人が10時間仕事をするのと同じだけコストがかかる。

したがって、会議で時間オーバーを起こすということは、「予定よりも多くの費用を会社に負担させてしまう」ということを意味する。


ましてや方針発表会のように多くの人間が参加する会議でかかるコストというのは非常に大きい。

方針発表会は、一年の計画を経営者が紹介する場である。その方針発表会で、時間オーバーを起こし、「予定よりも多くの費用を会社に負担させてしまう」経営者が、一年を通じて計画どおりの費用の使い方ができるとは到底思えない。

自分自身も会議を主催するときは、時間に相当気をつけようと思う。
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by dubian2.4 | 2005-04-27 01:11 | 上海生活や仕事

上海に戻りながら読んだ4冊

「頭がいい人、悪い人の話し方」
樋口祐一
ー有名なので買って読んだ。面白い。


「普通の人が本を書いて怖いくらいに儲かる本」
わらし仙人
ー読んだ限り、儲けがせこい。ぜんぜん儲かっていない感じがする。


「30倍速読法」
わらし仙人
ー本自体がかなりいい加減。

結論:わらし仙人の本は駄作である(2冊読んで見切りをつけた)。


「あなたも今までの10倍早く本が読める」
ボールRシーリィー
ーフォトリーディングは難しすぎる。

結論:速読はただ単に飛ばし読みしろ、というように解釈できる。
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by dubian2.4 | 2005-04-26 23:08 | 最近読んだ本

畏れるという事

上海に帰ってきた。今回の一連の出来事では多くの方のメッセージや励ましをいただいた。本当にありがとうございました。私自身多くのことを悟ったが、そのことはまた次回書くとする。

さて、日本に帰ると日本のメディアに接することも多くなり、ついつい日中関係の話に目が行ってしまう。

なんとなくいくつかの記事を読んで私が思うことは、「多くの記事は、日本のものさしで中国をはかっている」ということだ。

中国人と日本人は顔が似ている。しかし、中国と日本はまるで異なる国だ。

中国は共産党の一党独裁であり、メディアも強力な規制がかけられている。インターネットの掲示板など、共産党の3文字が入っていればそれだけで送信しても自動削除される。三権分立などという考え方は存在しない。

また、国土の広さも、歴史も日本とはだいぶ異なる。

だから、例えば「今回のデモが中国のメディアで放送されない」「教科書中で日本人のことを「日本鬼子(日本人の蔑称)」と呼んでいる」ということをいちいち驚く必要は無い。まずそういう国なのだ、ということを受け入れる必要がある。その上で、中国、あるいは中国人と接する必要があると感じる。

そもそも、どの国にもその国の常識があり、考え方がある。まず、他国に対する礼儀としてそれを十分に理解する必要がある。そのうえで共通点を探すことは必要だ。

そういう背景の理解も無いままに、話を続けると、必ず根本的な問題、すなわち「常識としておかしい」という的外れな、そして解決の仕様が無い議論に行き着いてしまう。常識など、国によって、特に共産主義圏と資本主義圏とではだいぶ違うのだ。

だいぶ前に、私の英語の先生が海外からの客をお茶会に招待したときに、その客が靴を脱ぐことにものすごく抵抗したことがあったらしい。曰く、「靴を脱ぐのは裸になるも同然」らしい。

相互理解には、まず相互の背景の理解が欠かせない。理解できないとしても、情報として、中国がどのような国なのか、ということは知っておく必要があるだろう。
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by dubian2.4 | 2005-04-25 22:19 | 上海生活や仕事

日本で読んだ本

妻の入院中に、部屋に泊り込んで読んだ本


1)広告の天才が気づいている51の法則
ロイ・H. ウィリアムズ (著), Roy H. Williams (原著), 宮本 喜一 (翻訳)

ーアメリカンなたとえ話が多すぎて、分かりにくいところも多い。
広告の何たるかについて説明したもの

2)あなたの話はなぜ「通じない」のか
山田 ズーニー (著)

ー人間は話の内容よりも、メディア力(その人の信用度が)が相手に大きな影響を与える。
面白かった。

3)<漫画>ドラえもん
新1巻
39巻
41巻
43巻
爆笑編
のびたリベンジ編

ドラえもんは、やはり何度読んでも笑える。
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by dubian2.4 | 2005-04-24 10:24 | 最近読んだ本

日本の謝罪と賠償

日本は賠償と謝罪をしろ。

というのは、中国や韓国の日本へ対する批判である。

日本人としては、ここで論点としたいのは、「どの程度謝罪をして、どの程度賠償をすれば彼らは気が済むのか」ということである。

私の考えとしては、謝罪というものは、そもそも自分のあやまちを認めることであるから、ある時期が過ぎたら謝罪しなくてもよい、ということはありえないと思っている。

そのため、日本は謝罪の形式や表現には注意をしなくてはならないと思うが、謝罪そのものは、半永久的に続けてゆく必要があると私は思っている。

ただし、賠償には限度がある。これは、金銭を伴うわけであるから無制限に行うことをしてしまうと、国が傾く、税金の意義が無くなる、といった問題が起きる。

幸い、中国に対しても、韓国に対しても日本の賠償というのは、これ以上行わなくてもよいことが双方の国の同意の下明文化されている。これがなければ、実質日本はいつまでも賠償を続けなくてはならない状態になっていただろう。悪く言えば、いつまでもたかられる国になってしまっていただろう。

そう考えると、日本は金銭の伴わない部分で中国や韓国に対して誠意を見せればいいわけで、これは十分行っていかなくてはならない。

例えば靖国神社の参拝や、教科書問題というのは、確かに内政干渉ではあるのだけれども、中国や韓国の意見に耳を傾けるのも日本として政治的には問題の無い選択だと思う。

それに、これを行うことによって、謝罪の問題を解決できるわけだから、万が一日本が中国などから金銭的賠償を求められた場合の予防にもなる。

私としては、謝罪はするが、賠償はしない。そして、謝罪は金銭以外のところで誠意を見せる。

これが日本政府のあるべき決断の仕方だと思っている。
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by dubian2.4 | 2005-04-22 02:18 | 上海生活や仕事

謝らないのには訳がある

中国政府は一貫して謝罪を認めない。

これにはもちろん訳がある。

別に日本が嫌いで謝らないのではない。

中国政府(共産党)が今最も恐れているのは誰だろう。それを考えればすぐに分かる。

それはアメリカでも日本でもなく、自国民である。

今、中国が謝れば、群衆の怒りは中国政府に向き、暴徒が天安門事件のような大規模なデモを起こしかねない。

日本領事館への投石ならまだ看過できるが、国務院への投石は許されないだろう。そうなるともちろん、政府は力で群集を抑えなくてはならなくなる。

力には力で、ということでデモと政府の争いが続き、自国民を殺害せざるを得ないばかりか国際的な信用も失墜してしまう。

もともと、天安門事件があったように、中国では民主化への要求が過去から高まっている。加えて、生活への不満が増えている者も多い。

その矛先が政府に向いたら、これまでの騒ぎの比ではない。それだけは絶対に避けなくてはならない事態だ。

もうひとつ見逃せないのが、中国にいるレジスタンスがこの状況を虎視眈々と利用しようと狙っていることだ。少なくとも私がレジスタンスならこんなチャンスは絶対に利用したい。

というわけで、もう、あまり政府は日本のことは頭に無いと思う。それどころではないのだ。
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by dubian2.4 | 2005-04-19 00:03 | 上海生活や仕事

日本は中国の最大の支援国。だから?

結局中国政府の謝罪が無かった日中会談。私としては、少なくとも大使館や領事館の破壊行為についての謝罪は必要だと思うが、中国も日本も引くに引けない状況になってきたのであろう。外交とはそういうものだ。

「中国政府は日本国民に対して、今まで申し訳ないことをしたことはない」とまで明言されてしまい、またもや日中関係の悪化が考えられる。


ちなみに、私が驚くのは、日本人も中国人も「日中共同声明」について知らない人が多いことだ。ここの5条、6条では

五 中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。

六 日本国政府及び中華人民共和国政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に両国間の恒久的な平和友好関係を確立することに合意する。

と書いている。また「日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する。」とも書かれている。

もともと、日本と中国は仲の良い国なのだ。どのような議論においても日中共同声明は常に意識するべきだと思う。

外務省のページで全文があります。


さて、日本は中国の支援国としてかなりの金額を支援してきたし、勿論技術支援など中国の社会発展のために多くの協力を行ってきた。日本は間違いなく中国にとって最大の支援国であった。

しかし、この結果がこのデモである。

なぜそうなるのか。

中国政府が、外交のカードとして第2次世界大戦中の出来事を用いたい、ということは勿論在るのだが、もう一つの理由として、日本政府の援助に対する趣旨があいまいであったためであると考えられる。

つまり、この支援は何のためか、支援によって日本政府は何を期待しているのか、ということを明確にしなかったことも問題なのだ。

日本政府が、支援の都度「歴史の問題を直視した結果、中国に対して経済的援助する。中国国民にもそう伝えておいてくれ。」という形にしておけば、もしかしたらもう少し日本も嫌われなかったのかもしれない。

今更になって、「あの時支援しただろう、この恩知らずが」というような主張を日本がしても、
「あの支援には、歴史に関する趣旨はなかったはず。恩を着せるな。」と中国政府に一蹴されるのがオチだ。

例えば、あるレストランのオーナーが何も言わずに従業員のボーイに大金を渡すとする。そうするとボーイはそのお金がなんのために渡されたのかよく分からない。だから、自分なりの解釈で「これは、今日の私の働きが良かったから本日のチップとしてもらったのだ。」と判断する。

それが何ヶ月もした後に、その親父が「あの金を受け取った以上、おまえはうちのレストランで一生働かなくてはならないのだ。」とか、「あの金をあげたのは、本当はお前に辞めてほしかったからだ。とういうわけで、今すぐ辞めてくれ。」などと言われても納得しないだろう。

日本政府は性善説なのだ。「しかるべき支援をして、与え続ければ、中国政府や国民はおのずと日本政府の趣旨を理解してくれる。」という考えは日本人の間だけで通用すると思う。

中国に対しては企業間のやり取りでも、この辺は注意しないといけない、ということを学ばせてもらった。

日本は中国の最大の支援国です。と事実を述べるだけではまだ足りない。

だからどうなの?という、この点が対中交渉では一番大切なのだ。相手は自分なりの解釈はするとしても、こちらの意図まで察しようと努力はしてくれない。これを肝に銘じたい。
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by dubian2.4 | 2005-04-18 05:30 | 上海生活や仕事