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不思議だ

なぜ皆食べているものが違うのに生ごみは日本でも中国でも同じにおいなのか。

また、なぜしゃべっている言語が違うのに、人が集まってうるさくなると大体「ガヤガヤ」という音になるのか。

国籍を超えてユニバーサルなこの現象について、どなたか理由をご教示ください。
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by dubian2.4 | 2005-06-29 01:47 | 上海生活や仕事

なぜ会社を辞めるのか

最近気がついたことだが、お金を稼ぐということは、基本的に楽しいことであると思う。

商いはあきない、とはよく言ったものだ。

会社で働くということは、お金を稼ぐということだから、基本的には楽しくないといけないと思う。

しかし、例えば上司がひどく、人間的に尊敬できないだとか、やっている仕事の意義が見出せないといったような要因がある場合は、楽しいはずの仕事がすっかりつまらなくなり、苦痛にすらなりうる。

そこで、それを我慢するべきなのか、会社を辞めるべきなのかという問題に行き着く。この問題に関して私ならこう考える。

例えば、体が痛いのは、その姿勢がよくないよ、と体が教えていることを意味する。だから、我慢してその姿勢を保つのではなく、体が痛くないような姿勢に変えなくてはならない。仕事も同じで、苦痛だよ、というようになってしまったら、その仕事はよくないよ、と神様が教えてくれているので、早く辞めて楽しい仕事をしなくてはならない。

だから、辞めようか悩んでいる人間は私は会社に引き止めない。仕事など能力さえあればいくらでもあるのだから、我慢する必要などどこにもない。

我慢することをやめて、仕事を通じて最高に楽しい人生を送りましょう。
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by dubian2.4 | 2005-06-27 01:44 | 上海生活や仕事

土曜の過ごし方

朝7時に出社。

午後2時まで働く。

3時ぐらいまでお昼寝。

少しパソコンやる(システムができた!!)。

妻とインディアンキッチンというインド料理屋さんに行っておいしいインド料理を光の速さで食べる。

その後妻とJZ CLUBでジャズを聴く。

家に帰り、妻とジャズの物まね。

うだうだしてこの時間に。

ちなみに明日も出勤があります。
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by dubian2.4 | 2005-06-26 04:05 | 上海生活や仕事

社長な人たち

私は、誰がなんと言おうと経営者になりたい。

私は、経営者が好きだ。最近も何人かお会いしたが、経営者たちは、会話が面白い。

私の会社だけかもしれないが、会社の人たちと飲みに行くと、
1)昔の話(誰が昔どのような仕事をしていたかなど)
2)人事の話(誰がどの部門に行った、昇格したなど)
3)ちょっとした仕事の愚痴
4)仕事量自慢(何時まで働いた、土日出勤した)
5)カラオケの女性の話

が多い。

一方で経営者たちというのは、
1)未来の話
2)社員育成の話
3)仕事の愚痴はない
4)仕事質自慢
5)カラオケの話はない

という感じである。

そういう経営者に会うと、心が躍る思いがする。わくわくする感じがある。でも、いつかはこの人たちようになりたい、とは思わない。

この人たちに早く追いつき、追い越さなくては、と思う。
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by dubian2.4 | 2005-06-24 02:31 | 上海生活や仕事

急性胃腸炎

昨日妻の友人であるイギリス人と食事をしていたときから、腹が痛かったのだが、その晩は阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

まず、腹が痛い。どのくらい痛いかというと、痛すぎて自然にブリッジしてしまうほどいたい。エクソシストの「スパイダーウォーク」が可能なくらい反り返っていた。

腹が痛すぎる上に、下痢も止まらず、呼吸もままならない中、まずいったん胃にあるものを全部外に出そう、という決断にいたった。

そこで嘔吐を3度試みて、胃液しか出ないのを確認して、ひとまず胃の中を空にした。

そしていつ便意を催すのか分からないので、しばらくトイレの中で座って生活した。

すると、よきせぬ第二の問題が起きた。トイレに長時間座ると、足がしびれるのだ。そこでトイレの中で腹痛と戦い、嗚咽を漏らしながらながら足を揉みほぐすという、日常の風景から3万光年も離れた体験をしていた。

翌日、つまが病院に電話し、タクシーを呼んで私を病院に連れて行った。彼女、こんなにたくましかったのか・・。と感動してしまった。
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by dubian2.4 | 2005-06-22 15:24 | 上海生活や仕事

突然解雇する

現地のスタッフと仕事をしていると、たまに
「以前勤めていた会社の資料ですが・・・」
といって競合他社の資料を出してくることがある。

以前の会社を辞める時に、持ち出したのである。

こちらの会社では、日々改善しているがまだまだセキュリティが甘いため、多くの情報を対外に持ち出そうと思えばそれほど難しくない。

会社としてはそれが怖いから、社員を解雇する時は、
「午前中に解雇の言い渡しを受けた場合には、午前中に上司の同席の下机を片付けて会社を
離れなくてはならない」という不文律を定めているところもある。

そうやって、会社の資料を解雇と同時に大量に持ち出す準備をさせないようにするのである。

しかし、この方法は会社から解雇を言い渡すときは有効だが、自分から会社を離れるときには
用いることはできない。

やはり会社として情報セキュリティというのは、常日頃から注意しておかなくてはならないと思う。
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by dubian2.4 | 2005-06-21 01:42 | 上海生活や仕事

経済的自立

自分のしたいことをする、自分のしたくないことはしない。

これが出来るためには、まず何よりも経済的自立が必要である。

経済的自立とは、自分の経済状況を他人に左右されないということであり、決してお金をたくさん持っているという意味ではない。

貧乏であっても、それで自分が満足し、自分のしたいことが出来るのならそれでよいとおもう。

私自身は心理的にも、金銭的にも、まだ経済的自立から程遠い状態だと思う。

いやだなあ、と思って行うことを少しでも少なくしなくてはならない。

そのためには、しないけどお金ももらえない、という状態か、もっと別の楽しいことをやってより多くのお金をもらうか、どちらかしかない気がする。
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by dubian2.4 | 2005-06-19 00:43 | 上海生活や仕事

コミットメント

ある仕事を行うとき、その仕事をどのくらい真剣にできるかというのは、片方ではリターン、もう片方でリスクが大きく寄与している。

つまり、この仕事を成功させることによってどれだけ大きなお金を手にすることが出来るのか、または地位や名声などを手にすることが出来るのか、ということは仕事をやる人間の真剣さと密接なかかわりがある。

一方で、この仕事を失敗した場合自分にとって大きな損失が発生してしまう、つまり、お金や名声を失ってしまう、ということも、仕事をやる人間の真剣さと密接なかかわりがある。

私自身は、仕事には前者も後者も大切だと考えている。しかし、サラリーマンをしていると、皆リターンばかりに目が行き、

「どうせ給料安いしなあ。」とか「いくらやっても給料同じだからなあ。」とか言ってやる気の無さを主張する人をよく見る。

そういう人たちは、リターンの少なさが、自分達の仕事に対する真剣さを失わせている、と考えるばかりで、では自分達がその仕事に対してどのくらいリスクを負っているか、ということを考えない。

そういう人たちは「本当は、リターンの少なさがやる気のない原因ではなくて、勝っても負けてもどちらでもいいような身の置き方しかしていない自分に問題があるのではないのか」ということに気がつくべきである。

とにかく、以前にも書いたが、サラリーマンという職業はリスクのとり方というものを学ぶ機会が非常に少ないのである。それがサラリーマンの良いところでもあるのだが。
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by dubian2.4 | 2005-06-16 00:36 | 上海生活や仕事

転職だろうか

最近、今まで残業していた人で、やたら早く帰る人がいる。

私はこれを、その人の転職の兆しと考えていた。中国は管理者や上司の部下の扱いが下手だと、部下はすぐにやめてしまう。日本みたいに我慢してその会社を続けなくても転職してもっといい職場を見つければよい。

実際自分が「この上司は嫌だな」とか「この職場は働きにくいな」と思っていれば、それは自分に適していないのだから、環境を変えるべきだと思う。その人はきっと職場があわないのだろう。

不快である、ということは、そのことをやってはならない、という信号なのだ。

多分その人は転職すると思う。
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by dubian2.4 | 2005-06-15 01:03 | 上海生活や仕事

いやしい

今、家にヤクルトがある。

中国でヤクルトが飲める。ちゃんとヤクルトだ。ローリーエースとかではない。

小さい頃、北京に住んでいたが、ヤクルトなど無かった。だから誰かが日本からヤクルトを持ってきてくれると、兄と二人でもったいないから薄めながら飲んだ。

「こうやって薄めれば2杯飲めるぞ」と兄は言っていた。私は飲み終わったヤクルトの入れ物に水を入れて一晩置いて次の日の朝に飲んだ。すると味が染み出して、ヤクルトっぽい味がした。

なんともいやしい。

あと、兄とアイスの取り合いになり、アイスを持って部屋中かけずりまわっていたらアイスが客間にあるものすごく値段の高い絵にべちゃっとつき、母親に棒で本気で殴られたこともある。

当時、家の家賃は月80万日本円ぐらいだったと思う。今の私のボーナスより高い。

決して貧乏な暮らしではない。

しかし、いやしい子供だったなあ、と思う。
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by dubian2.4 | 2005-06-14 01:41 | 上海生活や仕事