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マンハッタン最後の暑い夜

5月30日に帰国します。

おととい、5月27日は、おそらくマンハッタンは今年では一番暑い日だったと思う。最高気温は28度まで達して、昼間はもう夏のようだった。

夜になって「今日は暑かったー。」などと妻と話した後、インターネットをしていたら、トイレのほうから妻が

「虫がいるーー!捕まえてー。」

と聞こえてきた。それでよく見ると、かなり大きな羽アリだった。

私が羽アリをみていると妻が後ろから強力殺虫剤を持ってきて、「殺せ!殺してしまえ!!」という目で私を見ている(自分では殺さない)。

話は少し横道にそれるのだが、妻は無農薬とかオーガニックとかいつもうるさいのに、殺虫剤や蚊取り線香に抵抗が無いのってどうなんだろうと私はいつも思う。無農薬を主張するなら虫の一匹や二匹には目をつむらないと。

アリというのは普段は地面をはいつくばっているのだが、一生に一度だけ空を飛ぶ時期がある。他の巣のアリたちに出会ううために羽が生えて、一斉に巣から飛びだし交尾が始まるのである。まさに人生(アリ生)の晴れ舞台なのだ。

私の家は15階にあるのだが、よくまあここまで飛んできたなあ、と感心したので、疲れた旅人には施しを、ということで葡萄を食べさせたら、よく食べていた。

あとで調べてみると、羽アリは5月20日前後の暑い日にみなで巣立つらしい。その日は本当に暑かったから羽アリ日和だ。

葡萄を食べたアリは、元気が出たところで(私が判断)、外に出してやった。ここからなら、ブライアントパークが一番近い。そこまで行くことができれば、子孫を残せるかもしれない。他はコンクリートばかりで巣など作れないだろう。

がんばれアリよ。

マンハッタン最後の暑い夜は、そんな夜でございました。
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by dubian2.4 | 2008-05-28 23:44 | MBA勉強中

人格とは

私の中の人格ランキングは下記のようになっている。

1位:人に与えることができる人

2位:与えられたときにしっかりと感謝してその恩を忘れない人

3位:与えられたのに感謝もせず恩も忘れる人

最低:人に与えるのだが、見返りを期待しているので、見返りが無い場合は文句を言う人。また与えない人を見て批判する人。


私は、文句を言うぐらいなら、与えなければいいと思う。見返りがほしいなら、与えるのではなくて取引や契約をすればいいと思う。具体的な小さい話では

「僕はいつも、会社の飲み会の幹事を進んで引き受けるが、OO君はそいういうことが無い。あいつはダメなやつだ。」と愚痴る人は最低ライン。

「僕はいつも出張の時にお土産などを買って気配りするのにOO君はなにも買ってこない。あれはダメなやつだ」と愚痴る人は最低ライン。

自分が与えていることを盾に、与えられた人間を批判したり、与えていない人間を批判するのは最低ラインだと思う(与えていない人間に対して、与えるよう呼びかけるのはいいと思う)。


正直者は損をする、と嘆く人がいるが、

そもそも本当に正直者なら自分が正直であることそのものが誇りであり、正直だったので損をした、とかいって嘆いている人は、正直にしなきゃよかった、と後悔しているわけで、そういう考えそのものが十分に正直じゃないんじゃないか、とも思える。

さて、小さいころ母から、「与えたものは必ず帰ってくる、ただ、いつ帰ってくるのかはわからない」と教わったことがある。

今から考えると、子供というのはなにかとすぐに見返りを期待するから、「見返りはすぐに来るわけではないから、与えたことは忘れておけ」といいたかったのだと思う。

この考え方は結構大切だと思う。与えることができれば、それでよい、即座の見返りは期待しない。そもそも、見返りそのものを期待しない。与えられることを誇りをもつ。それで十分なのだ。

自分が何かを与えるとき、見返りを期待しないで与えられるのか、ということをよく吟味して与えるべきだと思う。もし見返りを期待してしまうほどのものを与えるなら、与えないほうがましだということになる。

私にとっては難しいことだが、いつかはGiving Tree(与える木)になりたいものである。
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by dubian2.4 | 2008-05-26 14:41 | MBA勉強中

グーテンベルグ活版印刷

225 Madison Avenue at 36th Street という我が家から徒歩件の場所にMorgan Museumという博物館があると友人が教えてくれたので、行ってみることにした。

友人が世界初の活版印刷物があると教えてくれたので、大変興味を持ったのである。

博物館によるともともと活版印刷のような技術はルネッサンスのはるか前から中国に存在していたのだが、実用性に乏しかったとのこと。

ヨハネス・グーテンベルグは葡萄を絞る機械を利用して紙に印刷する技術を編み出したという。しかも、紙に粘着するインクが水性だとうまく印刷できないので、油性インクも発明したらしい。

活版印刷の発明って、なぜか1600年代という印象があったのだが(無知で大変お恥ずかしい)実際は1450年代とのことで、よくよく考えてみると印刷物が安価に大量に出てきたことがヨーロッパの人々の知識の底上げになり文化活動が促進され、ルネッサンスが加速したと考えられるわけだから、活版印刷の登場がルネッサンス後期という発送はおかしいのだが、なんで1600年代と思いこんでていたのか、自分でも不思議である。

活版印刷で最初に印刷されたもの、それはキリスト教の聖書であった。この時代、科学の中心は神だったのだなあ、と感慨深くなってしまった。

今は科学と神って距離があるように感じるのだが、この時代の人々は科学=神のためという発想が根強かったのだろう。

とても面白い博物館であった。
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by dubian2.4 | 2008-05-25 11:26 | MBA勉強中

中国の地震に関する感想

ただの感想です。

四川省を襲った地震から数日が経つが、中国の掲示板を覗くと、

救出の美談、落下傘部隊がどうのこうの、という話で埋め尽くされている。

掲示板に書き込んでいる人々は、救出部隊と政府関係者を、ほめて、ほめて、ほめまくり、一致団結中国の底力を見せようという高揚した雰囲気だ。

完全に私の経験からの発言なのだが、中国人は日本人に比べて、「互いに譲り合う」ということが苦手だと思う。もう少し言うと「個人の少しずつの犠牲が、全体にとってはプラスになる」という発想がもてたとしても、行為に移すのが難しい人々だと思う。

上海での、「なにかをするときに、誰も並ばない」「すぐ喧嘩が始まる」という経験が私をそう思わせることになった。特に妻が上海に来た初日は、私が妻にローカルデパートを紹介しようとして連れて行ったら、そのデパートで数量限定のケーキを買う人が争奪戦となり、殴り合いが起こり、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。上海は初日で妻をいきなり恐怖のどん底に陥れた。

だからこそ。

この地震のような究極な状態で、中国人が一致団結し物品を奪い合うことなく全体の利益をみなが考えながら行動することができれば、これは間違いなく世界に報道され、

「規律正しい中国人」

として、世界の中国人に対するイメージは一変すると思う(少なくとも私の中国に対するイメージは変わる)。

また、その逆なら

「やはり中国人か・・」となってしまう

中国よ、ここが勝負の見せ所だ。

どうか、被災地では強盗や略奪、支援物品などの奪い合いでけが人などが出ることが無いよう心から祈っている。

そして願わくば、規律正しい行為が行われ、世界の中国に対するイメージが変わりますように。そして私の中国に対するイメージも変わりますように。
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by dubian2.4 | 2008-05-15 13:19 | MBA勉強中

MBAがどう人生を変えたか(まとめ)

かなり遠い昔、人類にまだ航海技術が無かったころ、というか船すらなかったころ、海辺に住む人たちは毎日海を眺めているのだけれども、ただ、なんとなく

「海は広いなあ、これは終わり無く広いな」と、思っていたのではないだろうか。「終わり無く広い」、ですべてが片付くので考えがそこで完結していて、考えが完結しているから、発展が無い。「海の向こうに何があるのだろうか、どうやったらそこにいけるのだろうか」という考えそのものが浮かんでこないのである。

でもある日、もしも浜辺で異国から流されてきた見たことの無い彫り物なんかを拾ったら「もしかしたら、この先に別の土地があるのかもしれない」という考えができるようになるだろう。もしかしたら、考えをもう少し発展させて「別の土地について知りたい。そのためにはどうしたらいいのか。」という考えも及ぶかもしれない。その「知りたい」という気持ちがもてることが発展の源なのだと思う。

ひるがえって自分のMBA生活を考えたとき、この環境は本当に人生にとっての大きな転機になったと思う。ちょうど漠然と「海は広いなあ」という発想しかなかった自分に「海は広い、だけで終わっては面白くないでしょ」と教えてくれたのである。

点と点だった自分の知識が、線でつながっていく。線でつながっていったものが新しい知識を渇望する、それで線が広がっていく、といういい循環を作れる体制が整った気がする。

これはビジネスだけの話ではなくて、歴史とか、政治とか、自然科学とか、芸術とか、愛情だとか友情だとか、正義だとか、宗教だとか、そういう方面に対しても、今まで発想が点だったものをどんどんつなげていこうという考えが自分の中で生まれている。

このような発想をもてたきっかけは、多人種のクラスメートたち、面白い本(いままでわざわざ英語の本なんて読まなかった)、ずば抜けて賢い友人、NYで一大ネットワークを築き上げた妻、深い知識を持つ教授、近所に住む親戚、道端で出会った画家・・・etc とにかく、人との出会いである。

MBAでビジネスに対する知識が深まったのは確かだ。ただ、学んだことはマニアックなことも多いから、もしかしたら近い将来に忘れていることもあるだろう。直接仕事に役に立たないこともあるだろう。

でも、
①自分が何がわからないのか、何が足りないのか、ということがわかってきた。
②いろんなことが繋がってきて、どの方面から仕入れる知識も、少しずつ自分のなかでまとまりを持って吸収されるようになった。知識が人生を豊かにする実感がある。だから今まで以上にもっといろいろなことを知りたい、という気持ちがさらに強まった。

この二つはものすごく大きなインパクトを自分に与えた。ビジネスについて授業で学んだことは私がMBAで得たと思えることの20%ぐらいだと思う。マンハッタンという多文化の土地柄と知り合ったいろいろな人が本当に大きなものを与えてくれた。

もしかしたら、自分にはまだまだのびしろがあるのかもしれない、と思うことができた。

そしてなによりも、この世の中を楽しむための素地がある程度できた。

まさにすばらしき人生。出会った皆様に感謝してもしきれない。
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by dubian2.4 | 2008-05-08 11:48 | MBA勉強中

ブルックリン美術館そして村上隆

テストが終わって堰を切ったようにいろいろ見て回っているのだが、昨日は同級生とブルックリン美術館の村上隆展を見に行った。

ちょうど同時に歌川 広重展もあったのだが、時間の関係でこれは見ることができなかったのまた日を改めたい。

村上隆のほうはとにかく行列がすごかった。大盛況のようだ。

彼は特にマンガを書くわけでもなく、作品も芸術性が高いかというと、私は疑問があるのだが、なんとなく日本のサブカルチャー的なものを纏め上げたというところにかれの功労がある気がする。そしてそのサブカルチャーを芸術の域までもっていったという力であろう。

これが現代の日本のアートですよ、他の国には無い独特性があるでしょうほれほれ。という感じだ。

彼がすごいというよりは、彼が作品にできるマンガやアニメに代表される日本のサブカルチャーがすばらしいのだ。

家に帰っていろいろ考えてみると、ちょうど印象派が、1800年代後半のパリの万博で日本の浮世絵に影響されて芸術に新しいスタイルを生み出したように、もしかしたら今が第二のジャポニズム発生なのかもしれない。

ルイヴィトンが村上とコラボレーションをしたというのも、もしかしたら印象派が辿った道を意識しているのかもしれない・・・。
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by dubian2.4 | 2008-05-05 14:16 | MBA勉強中

クロイスター(cloister)美術館

テストも終わり、一息ついたということで妻とクロイスター美術館に行った。

修道院をモチーフにして作られた美術館で宗教画と彫刻、建築物などが展示されている。ロックフェラーの献金によって作られたところが大きいようだ。

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今回やはりよかったのは

1)ヨーロッパの様々な建築物の破片をひとつの部屋に集結している
説明はあくまで「XX地方で廃墟となった聖堂の柱を・・・」「フランス革命で破壊された建築物の一部を・・」というような書き方で、「盗んだんじゃないわよ!」という言い訳がましい雰囲気が出ていたが、とにかく諸外国の建築物の柱やら天井やらを持ってきている。

2)ロマネスクとゴシックの様式が並べられて展示されている
ロマネスク→ゴシックの建築の変遷がある程度視覚的にわかって面白い

ところだとおもう。

特に2)に関しては、今まであまり意識したことが無かったので面白かった。ゴシックになってからは効率的に空間を作り出すことが可能になって、壁にかかる力の負担が少なくなったのでそのおかげでステンドグラスなどが発展していったと説明がなされていたのが印象的だった。

あと、この後の時代に来るべきルネッサンスに対して力を溜め込んでいるというか、そんな印象を受けた。この芸術の技術を宗教じゃないところに使ってみよう・・・と誰が最初に出だしたのか・・。

天気もよく、とにかく楽しかった!!!
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by dubian2.4 | 2008-05-05 13:41 | MBA勉強中

インターネットが情報に国境を

五輪の聖火ランナーが、北朝鮮以外ではブーイングの嵐をくらって、世間を騒がせた。

今回の一件で、中国と他の先進諸国の人権に対する考え方にどれだけギャップがあるのかということがよくわかった。しかし、驚いたことに海外にいる中国人は、海外メディアに同調しないで、中国政府を支持するものが多い。これはフランスやアメリカなどで聖火ランナーを待っていた群衆が、中国人VS現地人という形に分かれていたことからよく伺える。

なぜ、中国人は海外に住んでいるのに海外メディアに流されず、チベット問題に関しては中国政府に同調するような姿勢をとるのだろうか。

そのひとつにインターネットが挙げられると思う。

インターネットの無い時代は、ニュースなどはやむをえず現地のものを見ざるを得ないわけだが、インターネットがある場合は、海外にいても自国のニュースを見るのが非常に容易になる。

現に、私もNIKKEI NETを見ているし、検索はGoogle Japanを使うことがおおい。アメリカのニュースを見るときはFactiva を用いているが、日本からニュースを仕入れることは非常に多いのである。ネットにおける英語率と日本語率は7(日本語):3(英語)ぐらいだ(学校の勉強に関してのインターネットでの調べ物は1(日本語):9(英語)だが、日常に関するトピックは日本語で見ることが多い)。

それを考えると、フランスにいる中国人もほとんどフランスのニュースなどは見ないで、インターネットを通じて中国のニュースばかり見ているのではないかと察することができる。

中国のニュースはもちろん中国政府の規制の下情報が統制されているから、中国人は中国政府にシンパシーを持つことが多くなると思う。

インターネットが便利になった分、情報に国境が生じてしまっているのである。ちょっと面白い現象だと思った。
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by dubian2.4 | 2008-05-05 01:05 | MBA勉強中

4月の2000万年前

ああ、期末試験。

なんだか心がすさんでくる時期である。

グループワーク、自分だけ少し遅れているなあ、あの資料はどこにあったけか、とか考えたりしてどんどん近視眼的になる。人間追い詰められると、近視眼的になるものだ。

そういうときは空をみる。


Yahooのニュースにも乗ったのだが、ハッブル望遠鏡が撮影した銀河同士の衝突の写真が4月に公開された。

ハッブルはこちら

最近撮影されたといっても、例えば銀河の輪の中に突っ込んでいる、おおぐまざの銀河だが、地球からおおぐま座までの距離がだいたい1800万光年といわれているから、光が届くまで1800万年かかっているので、この写真に写っている衝突は1800万年前の話だ。

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で、1800万年前というと人間はまだこんな感じだったわけで(プロコンスル・第三紀中期 )、

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うん、テストはまあたいしたこと無いな、と思えるのである。

落ち着いてやっていきましょう。
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by dubian2.4 | 2008-05-01 12:46 | MBA勉強中