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引越し終了

退職後、東京で新しい職に就くということで、引越しをした。

家探しは大変だった。

東京に住んだことがないので土地勘が無い。友達がここに住め、といったところや、新しい会社の同僚が比較的多い地域というのは、価格が高すぎる。苦労して見つけた場所は、妻にダメダシされる。

しかし!! やっとなんとか、いい場所が見つけられた。

やはり妥協しなくて良かった。

新しい気持ちに切り替えて、新しい生活をがんばります。

*そして本日母から観葉植物が送られてきた(下の写真がそれ)。
小さく見えるけれども、180cmぐらいあって、私より背が高い・・・・・。
ありがとう!

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by dubian2.4 | 2008-10-30 22:28 | 日本

願をかける

私は、迷信や、非科学的なことに対して懐疑心を持ちながら接するタイプだが、願をかける、ということは目標を達成するうえで大切なことだと思う。

例えば、何かに成功したいと思い神社に行ってお参りをする場合を考えてみる。動きの流れとしては、

何かを達成したい→神社にお参りに行こう→日を決める(大安とか?)→電車やバスや徒歩で神社へ→神様の前でお参り

となる。結構めんどくさい。

車や電車の無い昔ならば、足を使って山奥にある神社までひたすら階段を上ったり、ものすごく苦労して到着することになる。

また、信仰があれば神様の前では、厳かな気持ちになるものである。

そこまでして、何かを成し遂げたいという強い思いをぶつけた場合、たとえ神様がいなかったとしても、戦闘機がミサイルを撃つときに敵機に対してロックをかけるように、目標に対してロックがかかるのではないだろうかと思う。信仰心があるならなおさらである。

これは心に節目をつけるという意味で非常に大切な行為だと思う(神社に限らなくても良い)。何かを成し遂げようとする場合、儀式を通じて自分の心にロックをかけるのである。例えば結婚する場合は、結婚式をして共同生活の覚悟を決めるし、学校に入学する人は入学式で学業への覚悟を決める。

よく、流れ星が流れている間に3回願い事を言うことができればその願いは叶う、と言われる。流れ星が流れているのを発見してから「何を願おうか」と考えてはそんなことができるわけが無い。

とりつかれたように、毎日自分が成し遂げたいことばかりを考えているから、いざ流れ星が流れたときに願いをいえるわけである。そしてそういう強い思いがある人は成功するだろう。願い事は叶うのである。

願をかける、というのは、そういうことなんじゃないだろうか。結構大切だと思う今日この頃である。
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by dubian2.4 | 2008-10-27 10:24 | 日本

引越しの準備

東京に引っ越すということで、今準備を進めているのだが、どうしてもこれだけは書きたいということがある。

それは役場などの、いわゆるお役所仕事が本当に不効率で、税金の無駄遣いというだけではなく、物事をややこしくしているということだ。

例えば、パスポートや運転免許をを更新しに行くと、戸籍謄本を役場からもらってこいといわれたりする。本籍や戸籍などのデータは同じソースからとっているはずなのに、役場側でそれが自動反映できない。

例えば、パスポートを申請するには官製はがきが必要なのだが、私が行ったパスポートセンターにはがきを売るだけの人がわざわざ二人もいたりする。客は一人もいないのに。そんなの自動販売機でいいじゃないかと思う。

例えば、パスポートには写真が必要なのだが、それは同じビルにある写真屋で取れと言われる。写真屋は2枚で1300円。センター内に自動販売機を置けば800円ぐらいで取れるだろうし、儲けも出るだろう。

例えば、役場の出張所に住民票を取りに行くと全員何もしていなくて、中には寝ている人や新聞を読んでいる人もいる。

そうやっていいろいろと考えると、例えばパスポートの申請代や免許更新料や、そもそも、われわれが支払う税金の3割ぐらいは無駄に遣われている気がする。結局お国の独占市場なので、やりたい放題なのだ。

こういうことを妻に話すと、「お役所が不効率なのは、最初から分かっているから、そんなことに腹を立てるよりも、言われたようにやってさっさと用事を済ませた方がいい」といわれる。

実際その通りである。

が、やはり納得の行かない今日この頃。
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by dubian2.4 | 2008-10-19 12:27 | 日本

可能性は

いろいろな方に会っている中で、圧倒的に頭のいい方というのにたまに出くわすことがある。そういう方は、頭がいいだけではなくて、人格的にも非常に優れていてとにかくスーパーマンのように見えるのである。

そういうときに、自分はこの方ような領域に達することが出来るのだろうか。そもそも、自分の能力というのはキャップがかかっていて、最初から決まっているものなので、いまさらそれほど変えられないのではないだろうか、と思うことがある。

しかしながら、よくよく考えてみると、このような方々と懇意にさせていただいていること自体が、昔では考えられなかったことなのだから、確かに自分はこれまで自分が届いていなかった領域に来ることが出来ているのである。

そう考えると、まだまだ、自分は先にいけるんじゃないか、と思えたりもするのである。

ベンチマークするべき人間が近くにいるということ、昔では考えられなかった人的ネットワークを築いていること、それがきっと自分を次の領域へと進めるためのインフラとなっているのである。

自分を信じる、ということがどういう意味なのか、最近やっと少しわかってきたような気がする。
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by dubian2.4 | 2008-10-17 01:47 | 日本

精神修行を行う

退職して次の仕事まで時間が出来たということと、実家が京都にあるということで、

禅寺に行ってなんちゃって修行をしようと考えている。

落ち着いたところで思考をめぐらし、今後に向けて願をかけるということで、イニシエーションの意味もこめて行ってきます・・・。

入院していた妻は復活気味。今日はカツどんを作ってくれた。うまかった。
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by dubian2.4 | 2008-10-12 00:54 | 日本

時期が変わってきた

もう三十路も過ぎて1年以上経過するということで、最近良く思うのは

次の代に何を残すことかということをもう少し意識して毎日を過ごそうということだ。

俺が俺が、というところから人間的にも成長して、自分が死んだ後の先の世代も見据えた行動を少しずつ取れていけたらいいなあ。
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by dubian2.4 | 2008-10-05 23:41 | MBA勉強中

9月も終わり

9月も終わり、会社も円満退社、ということになった。

新たなステップを踏み出すということで今いろいろと計画している。

自分の苦手なところ、だめなところを素直に書き出して、どう対策するかとか、いままでに無いほど自分に対して真剣に向き合っている。

プロの運動選手は、きっともっともっと自分と真剣に向き合っているのだろう、と思う。

体調管理で食べたいものも我慢したり、筋肉を冷やさないようにとか、日常生活のなかでどんなときでも自分を研ぎ澄まして、研ぎ澄まして、そうやって日本刀のように鋭くなった刃で試合に挑む。

私もそんな運動選手のように、物事に対して真剣に向かい合っていきたい。自分はまだまだ変われるはずだ。そう信じてこれからもがんばりたい。

ちなみに妻は体調を崩して入院していて、そんな中でも今回の退職を応援してくれたり、ものすごく理解を示してくれた。ドンと構えて揺るがない。彼女からは見習うことばかりだ。
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by dubian2.4 | 2008-10-04 23:52 | MBA勉強中