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マンション

現在引越しもかねて、マンションを買うことを考えていたのだが、
買うのが安いか借りるのが安いのかということを散々考えていると、考慮すべき要因が多すぎて神学論争のようになり、決着がつかなくなってくる。

ただ実はよく考えると、マンションを買うのも借りるのも、同じようなものである。大事なのは、「買うのか借りるのか」、ということよりも、「どういう条件で買うのか、借りるのか」ということになる。

仮にマンションの価値が今後にわたり一定であるとするならば、
賃貸の場合は、マンションを買って、ローンの利子だけ払い続けているということとそれほど変わらない(=引っ越すときには、部屋を貸主に返すので、元本を返していることになる)。逆に、マンションを買うことは、賃貸をしつつ、支払った賃料の一部を貯金として還元させてもらっていることと変わらない。この場合支払う金額が同じならば、買ったほうがいいということになる。どちらがお徳かは条件によるのだ。

というわけで、マンションを借りることは、買うことの別の姿でもあるし、マンションを買うことは借りることの別の姿でもあるということになる。そこで私はマンションを買うことが賃貸に対して有利な場合はどのような時か、という考え方をした。

いろいろ考えて、結局買うほうがお得な条件というは下記の1点に集約された。

【買うほうがお得な場合】
同一物件において、「賃貸費>=月々のローン支払」の条件下で、マンションの価値が下がるスピードが、ローン支払いにおいて元本を返すスピードより遅い

ローンで返済している元本よりも遅いスピードで物件の価格が下がれば、そのマンションを売った際に支払ったローンの一部が帰ってくるということになる。賃貸では返ってこないのでその差分だけ買うほうがお得ということになる。

上記の要素を満たすためには、
A. マンションの価格が下がりにくい
or / and
B. ローンの金利が安い、
の2点が重要になる。


Aの価値が下がりにくい、というのはもっと具体的に言うと、「時間がたっても価値の変わらない部分が購入時の値段の大部分を占める」ということになるのではないかと思う。

たとえば、「新築」とか「リフォームしたて」とか「部屋がきれい」なんて要素は、時間がたてば確実に価値がなくなるわけで、あまりそこに対して大きな金額を払わないほうがよい。一方で、駅から徒歩XX分とか、学区はXXというような地理にまつわる条件はそう変わるわけではないので、そういうところが値段の大部分を占めるのはいいことだと思う。または、地理的に物件が希少であるなど。

そして、価値が下がらないということは販売希望価格においての流動性も高い(=売りたい値段で売れる)ということで、賃貸のように、住みたくなくなったら出て行きやすい。

Bは、ローンの金利だが、これは現在は低いが将来にわたりどうなるかは誰もわからない。ただ、短期金利は日銀のコントロールがきくので、ある程度人為的にコントロールが可能だということは理解しておく必要があると思う。

そうやって総合的に考えると、やはり今のところ、買ってしまうことに軍配があがると思っている。問題はほしい物件があるかどうか・・・。
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by dubian2.4 | 2010-12-21 00:30 | 日本

大仕事終えた

今日はボーナスの支給日だった。

そして、うれしいことに、今日でMBAにまつわる借金をすべて返し終わった。

思えばなかなか長かった。

前の会社辞めたことで、MBAのお金を会社に返さなくてはならなくなり(当然だが)抱えた借金。。。
返し終わることができて本当にうれしい。

会社を辞めたことはぜんぜん後悔していないが(むしろ、自分の成長のため、世界を広げるために本当によかったと思っている)、実は借金にまつわり少しだけ後悔していたことがあった。

それは、会社の派遣のため、MBA期間に制限があり、合格していたHBSという別の学校をあきらめなくてはならなくなったこと。

「結局自分で学費払うことになるんだったら、最初からHBS行っとけばよかったかもしれない!」と(少しだけ)思ったものだ。

ただ、どんな状況でも「うまく出来ている神様」がいるもので、大量の借金をすることでこれまで考えもつかなかったことが見えてきた(これに関してはまた今度書きます)。

ほんま世の中うまく出来ている。結局のところ、心から後悔するような選択は一度もしたことがない。不思議なものです。
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by dubian2.4 | 2010-12-16 00:44 | 日本

りんごにはりんご

NHKの番組で大学の講義を紹介するものがあったが、授業を受け持っていた准教授が下記の様なことを言っていた。

「このままでは地球はジ・エンドの可能性があります。1秒間に伐採される森林の広さは東京ドームXX個分。飢餓により亡くなる子供の数は1秒間にXX人(以下続く)・・・・」

テレビに映し出されていた、学生の顔が暗くなっていくのがわかる。

しかし、そのシーンをみたとき、思わず突っ込んでしまった。

「それは情報としてわかりやすいのか」と。

一秒間に伐採される森林の広さが仮に東京ドーム100個分、飢餓によって亡くなる子供の数が仮に1秒間に100人だとして、それは多いのか少ないのか、これだけの情報ではわからない(ここでは倫理的な判断は除く)。

仮に、そのペースが続くと、地球から森林が無くなるのは100万年後です、とう結果だった場合どうだろうか。それでも森林伐採は問題なのだろうか。仮に、自殺する子供の数は1秒間に100万人です、という別のデータがあった場合はどうだろうか。飢餓で亡くなる子供の数は、取り立てるほどの数字になるのだろうか(誤解がないように、ここでは倫理的な判断を除く)。

規模を示すときに、比較対象として適切でないものを示すと、聞き手がなんとなく「多い」「少ない」という印象を持つかもしれないが、それは伝える側の「多いと思ってほしい」「少ないと思ってほしい」という目的を達成するための便宜に過ぎない気がして、十分な情報を提供しているとは思えない。

同じようなことが日常にあふれている。

・レモンXX個分のビタミンC!
・タオルについてる雑菌の数はなんとXXXX億個!
⇒疑問:そもそもそれって多いの?

親切な説明は
・大人が一日に必要とされる量のビタミンCが含まれている
・タオルについている雑菌は、腐敗臭を感じるのに十分な数

などだろう。

正しく比較してあげたほうが、やはり聞いている人に対しては親切なんじゃないでしょうか・・・・。
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by dubian2.4 | 2010-12-03 10:59 | 日本